03 愛してるのひとことがきければ消えてもいい

僕がうれしいと思う気持ちの容量はとても小さく、ほんの少しの出来事でも溢れかえってしまう。辛いことや苦しいことは耐えられるのに、不思議だ。

 

一昨日は食堂で目が合った。僕がアスランと一緒に廊下を歩いていたところを、食堂の中にいたルナマリア達に呼び止められたのだ。お昼というには遅いその時間帯に彼らがいたのは多分、午前中の会議が長引いたせいだろう。普段なら殆ど人が居ないこの時間だが、彼女達の他にもちらほらと人影が見えた。

僕は無意識にシンを探した。でも探すまでもなく僕の目は即座にシンを見つけて、そして留まる。アスランとルナマリアが何か話をしていたが、あまり覚えていない。真っ直ぐにシンと目が合って、でも何も話すことはなくその場を去った。心臓がどくどくと脈打ち、僕は無意識に拳を強く握った。収まりきらず、あふれ出た感情が頭の中から湧き出して、熱い熱を持って体中をかけめぐっている気がした。

 

昨日は彼に触れた。仕事に行き詰っていた僕は、机の前に立つシンの存在にも気付かずに、書いては消し、書いては消しという作業を黙々と続けていた。灯りをつけるのも忘れていたようで、部屋の中は薄暗い。窓から差し込む夕日が、部屋の隅を照らしていた。

「キラさん、」

名前を呼ばれた。

返事をしなきゃ、部屋の明かりをつけなきゃ、彼になにか飲み物を出さなきゃ、仕事を終わらせなきゃ、やらなければならないことが一度にどっと頭に押し寄せ、それだけでもう僕の処理能力は限界に達し、僕は瞬きすることも忘れただ硬直して彼を見つめる。かたん、と音がした。僕の手から抜け落ちたペンが、机を転がり床に落ちる音。でも僕はペンが抜け落ちたことすら気付かない。動かない僕の指に、すらりと長く、そして熱い彼の指がからむ。僕は彼から目が離せないでいた。この熱の根源は、きっとこの瞳の奥からじゃないだろうか。

「――――――、」

心臓の音がうるさくて何も聞こえない。握るように強く、彼の指に力が込められたが、この熱のせいか痛みは全く感じなかった。僕はまだ動けない。彼の瞳に一瞬、迷いの色が過ぎった。僕はなぜかそれが嫌で、無意識につながった指に力を込める。するとシンは僅かに驚いたような表情をし、それが嬉しくて僕は微かに微笑んだ。

シンは繋がった手にぐっと力を込めて机越しに身を乗り出すと、空いている方の手で僕の胸倉を掴んだ。ぐい、と力強く引き寄せられ、動くことのできない僕はされるがままに彼に近づく。そして次の瞬間まるで咬みつくかのように唇を奪われ、僕は彼の瞳を見る。でも彼の瞳は閉じられていて、かわりに彼の熱い吐息が漏れた。無意識に僕の舌が彼に応える。唇の端から、暖かい熱が伝い、耐え切れなくて僕も瞳を閉じた。

湧き出るあたたかい気持ちが、器ごと溶かして止まることなくあふれ出て、僕の身体を浸蝕する。全身に回った熱は僕の肉体から骨から溶かして、僕はきっと消えてしまうのだろう。そして暗闇の中で僕は思う。繋がった彼の皮膚からこの熱で彼を溶かして、全て僕のものになればいいのに。