03 温もりでよければ存分にあたえられるよ

「オレが怖いのは…たぶん、何かを失うこと」

孤独を知っているから。たくさんの笑顔に囲まれた何気ない日常が、唐突になくなってしまうことを、何度も経験しているから。でもそれはどうしようもないことだ。誰が悪いというわけでもない。言い方は悪いが、運が悪かったようなもので、明確な「敵」がいないものからオレを、一体どうやって守るのだろうとキラの方を見た。キラはうーんと唸りを上げながら、腕を組んで何か考え込んでいる。シンの中の「とにかく偉くて強くて凄いフリーダムのパイロット」というキラのイメージが、この数分でかなり崩れてきている気がした。それでも、いくら無敵を誇るフリーダムのパイロットでも、オレの心の中の「こわいもの」にはきっとかなわないんだろうな、と思った、その時。

「…え、」

突如感じた暖かさに、シンは驚いてキラを見る。キラは何を思ったかいきなり両手を広げ、真正面からシンに抱きついてきたのだ。しかも、驚いたシンが身動ぎをとるが、キラはぐっと力を込めて離さない。

「な、なにしてるんですか!」

「あげる」

「なにを」

「うーん、ぬくもり?」

なぜ疑問形なのだろう。シンは大分落ち着いてきたようで、とりあえず無駄な抵抗をやめた。そういえば、こうやって誰かの温もりを感じたのはずいぶんと久し振りな気がする。

「怖いものは、消えた?」

「…今は」

その答えに満足したのか、キラは漸くシンの身体を開放した。自分なりに満足した回答だったのか、にこにこと上機嫌そうだ。「そろそろ昼休みも終わりだね」そう言って、海とは逆方向に歩きだす。が、少し進んだところで思い出したように振り返った。

「また寂しくなったら言ってね。僕は君が寂しくなる理由がわからないから、君から言ってくれないとわからないんだ」

「そんなの…いっつもですよ。一々言っていたらキリがないくらい。ぬくもりより、何かこう、薬とか欲しいです」

「でも僕薬なんて持ってないし」

だから温もりをくれるとでもいうのだろうか。この分だと、本当にオレが「さみしい」と言っただけで毎回のように押し掛けてくる姿が安易に想像でき、シンは微妙な気持ちになった。嬉しいような馬鹿馬鹿しいような、複雑な気持ち。でも、もしそれが本当なら、少しだけ寂しさがなくなるような気がして、やはり少しだけ嬉しい気持ちの方が勝っているような気がする。

「今の僕があげられるのは、温もりくらいだから」

「そしたら…あんたのぬくもりがなくなるだろ」

シンがそう言うと、いつもの流し笑いとは少し違う微笑みでキラは振り返る。

「それが守るってことだと、僕は思うんだ」

きみだって、知ってるでしょ?そう言うとキラは足早に砂浜を出る。遠くで業務開始のベルが鳴っているが、シンはその場を動かなかった。キラがいなくなってしばらくたった後、漸くシンは視線をあげ、キラが消えていった方向を見つめる。

「そんなこと…わかってますよ」

じわじわと気分が高揚していくようで、シンはぐっと拳に力を込めた。始業時間は過ぎているが、今はそんなことどうだって良い。かつて仲間や船や、少女を守っていた頃の感情が蘇る。が、たぶんこれは、キラが感じているものとはまるで別物なのだろうな、とシンは思った。誰かに守られるということが、こんなにも安心できるのはきっと、自分を守っているのがあのキラだからなのだろうか。

でもオレは、ただ守られるだけで満足するなんて絶対に嫌だ。

シンは先刻キラが掘ったままになっていた穴を丁寧に砂で埋めると、キラの後を追うようにして走り出す。

手始めにまず、彼が微笑む理由でも聞いてみよう。