03 poor

「聞いたぞキラ、最近シンとよく遊んでるんだってな」

目の前ですらりと長い足を組みながら珈琲を飲む友人が、満面の笑みで言った。僕はどこかで聞いたことのある台詞だなと思いながらも、軽く苦笑を返す。

「いや、だから、遊んでるっていうか…」

ほぼ強引に連れ回されてるだけだと何度言ったら。自然に零れ出た溜息に、アスランが笑った。だから笑い事ではないのだ。

僕は彼とは違い甘い甘いカフェオレを一口飲むと、これまでの経緯、シンアスカの悪行の数々を残さずアスランに話した。これはまあ俗に言う告げ口なのだが、しかしその話を聞いたアスランは怒るどころか更に笑みを深めるだけだった。そして言う。

「よかったじゃないか、新しい友達が出来て」

完全に保護者の台詞だ。

「アスラン…僕のこと、バカにしてる?」

カップを持つ手に力が篭る。カタカタと揺れるそれに気付いたのか、アスランは必死に弁解を始めた。

「いや、別に子ども扱いしてるわけじゃなく…だってほら、今の仕事についてからお前、いっつも部屋に篭ってパソコンしたりテレビ見たりしているだけじゃないか。まあ確かにシンは少し強引なところもあるが…でも嫌ではないんだろう?」

「…え?」

思いもよらぬアスランの問い掛けに、僕はフリーズした。確かにシンはわがままで自分勝手で、溜まってる書類を勝手に持ってって勝手に片付けたり、遅れてもいいって言ってるのに時間ぴったりに来て勝手に紅茶(しかも美味しい)を入れてくれたり、勝手にゲーセンに連れてって物凄く難しい大きなぬいぐるみ(しかも僕の好きなクマ)をとって僕に自慢して、でもいらないからって僕におしつけたり、「あんたドジだから暗いと道に迷うだろ」って言って僕を馬鹿にしてバイクで家まで送ってくれたり、カガリの部屋で食べたお菓子が美味しかった、と言うと次の日の3時のおやつには何故かそれが出てきたり(本人は友達に貰ったと言っていた)(毎日3時になるとシンが紅茶とお菓子を出してくれる)…全くもって意味がわからない。

「…キラ?」

「な、なに?」

「大丈夫か?」

「な、なにが?」

誤魔化すようにははは、と笑うが、アスランは誤魔化されてはくれなかった。訝しげにこちらを見る。

「シンの話だ。とにかくシンは良いヤツだから、多少の遅刻くらいは許してやってくれよ。あとデスクワークも苦手だけど、やる気はあるし仕事が続いてるってことはあいつもこの仕事が楽しいと思えてるのかもしれないし」

「…遅刻?誰が?」

僕だろうか。だってシンはあの具合が悪かった日以外遅刻はしていない。これは内緒だが実は僕は週に1度は必ず遅刻しているけど、シンは「そんなに起きれないなら毎朝迎えに行ってあげましょうか」と僕をバカにする。しかしアスランは首を振った。

「シンだよ、シン。遅刻が酷くて、それでお前は怒ってるんじゃないのか?」

今度は僕がぶんぶんと首を振った。

「まさか!彼は殆ど遅刻なんてしたことないよ」

「じゃあなんで…」

何がなんだか意味がわからない。アスランがまだ何か喋っているような気がするが、僕は思考に没頭していて何も聞くことができなかった。


アスランの言うシンと、僕の知るシンが同じ人物だとは思えない。そう思っているのは僕だけで、実際どちらのシンも同じシンなのだが、でも僕にはそれが信じられなかった。でも…よくよく考えてみると、軍内部ではシンは問題児と呼ばれていたのだ。僕の部署に来てからは、まあ多少強引なところもあるが、ちっともそんな素振りを見せなかったから忘れていた。以前シンが所属していた部署にいる男に、言われたことがある。「彼には実際の始業時間より2時間早い時間を教えておいた方が良いですよ。それでもまだ遅刻してきますから」。僕はその男があまり好きではなかったので「あ、そうですか」とだけ言って聞き流してしまったから忘れていた。

僕の思考の中に、次々と違う見解がわいてくる。当たり前のように時間ぴったりに来るシンだが、本当は遅刻しないよう毎朝必死に仕度しているのかもしれない。溜まってる書類も、それを片付けないと僕が帰れないことを知っているから、苦手なデスクワークなのにわざわざ手伝ってくれたのかもしれない。貰ったぬいぐるみは大切に部屋に飾っている。シンはいつも家まで送ってくれるけど、彼の家は僕の家とは真逆の方向にあるのだ。

これじゃあまるで、彼がとてもやさしい人みたいじゃないか。僕は彼にとんだ誤解を抱いていたようだ。

でも、ひとつ疑問が残る。どうしてシンは、僕に優しくしてくれるのだろう。


「ねえ、どう思うアスラン?」

どうやら僕はかなりの時間アスランを放置していたようだ。アスランはつまらなさそうに携帯をいじっていた。






結局一晩中考え込んでいた僕が眠りについたのは翌朝の5時で、当然のように軍に顔を出したのは午後を回っていた。

「…また遅刻ですか。これ以上遅刻するようだったら本当に毎朝迎えに行きますよ」

「え、」

昨日の出来事がフラッシュバックする。シンが良い人だなんて信じられないけど、でも彼なら本当に毎朝迎えに来てくれそうだ。それで多分、僕が朝食を食べてないことも見越して何か持って来てくれているに違いない。最近彼はどこで知ったのか、僕が朝食を食べてこないことを知りいつも紅茶と一緒に軽い食事も出してくれるのだ。

「…で、でも、僕の家は君の家から真逆の方向だよ。無駄足じゃないか」

「大丈夫ですよ。バイクだからそんなに時間かからないし」

やはり無駄足だとわかっていても迎えに来てくれるらしい。ちらりとシンを見ると、彼は不自然な僕の様子に不思議そうに首を傾げていた。さらりと黒い髪が揺れる。赤い瞳が真っ直ぐにこちらを見ていて、僕は恥かしくなって慌てて目を背けた。初めて見たときは可愛い子だなと思っていた。昨日までは鬼のような男だと思っていたのに、今は。多分、どちらかというと、かっこいい。


「あ、あのね、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」

「なんですか?仕事溜まってるんですから手短に」

シンはいつの間にかその手に暖かい紅茶を持っていた。2歳も年下だからとまったく意識していなかったが、その手は心なしか僕より少し大きく感じる。そういえば背も、気付かないうちにだんだんと僕に近づいてきていた。この分だとあと数ヶ月もあれば追い抜かれてしまうのだろう。

「…隊長?」

シンが訝しげにこちらを見る。今日の僕は明らかに不自然だ。僕は振り返るが何故だか緊張してしまってシンの顔が見れなかった。それでもなるべく平静を装いながら、尋ねる。

「あの…シ、シンはどうして…僕にやさしくしてくれるのかな、って、」

「な、」

ぱりん、と大きな音がなって僕は驚いて顔を上げた。シンの手にあったはずのカップは無残にも床の上で砕けてしまっている。どうしたのかとシンの顔を見ると、驚いたような、なんとも言えない表情をしたままフリーズしているシンと目があった。その顔は仄かに赤く染まっていて、思わず僕まで赤面してしまう。

「あ、あの、」

「べ、別にやさしくなんてしてねーよ!」

シンは突然大声で叫んだ。やはり僕の勝手な勘違いだったのだろうか。聞きたいことを聞いて少しだけ落ち着いた僕は、床に散らばったカップに手を伸ばす。

「ご、ごめん…」

「あ、いや、別に怒ってるわけじゃなくて…あ、カップはいいからあんたは座ってろよ!素手で触って怪我したらどうする気だ!」

「ごめんなさい…」

「いや、今のも怒ってるわけじゃないから…ああ、もう!とにかくあんたはそこに座って書類でも眺めてろ!ここ片付けたらオレもすぐ手伝うから」

「は、はい」

「ああ、でもその前に朝食か。そこの袋の中にサンドイッチ入ってるからちゃんと食えよ。紅茶は今いれるから」

「あ、どうも」

「今日は随分と遅かったけど、どこか具合でも悪いのか?それなら書類の方は全部オレがやっとくから、あんたは大人しくそこに座ってろよ。あ、薬も後で貰ってきてやるから」

「だ、大丈夫だから気にしないで、」

「何言ってんだ、そんなこと言って風邪拗らせたらどうするつもりだ!とにかくあんたはそこで大人しく朝飯食ってろ!あとはオレが全部やるから、」

「は、はい」




そして僕は今日もシンのバイクで帰宅した。









どうみてもラヴコメです