01 pretense

「今日も特にすることはないし…久々にカガリのところにでも行ってみようかな」

ばさり、と書類を机の上に置き、ソファーに腰を下ろした。ここはオーブ軍にある僕の隊にあてがわれている部屋だけど、僕しかメンバーがいないので殆ど僕の自室と化している。定期的に誰かが掃除をしてくれているらしいから、ここは常に快適だ。僕の仕事は主にMSに乗って攻めてくるようなテロを相手にすることだから、最近ではもう殆ど仕事はなくなっている。平和だった。

しかし、そんな僕の些細な平和を乱す男が、先日からこの部屋を出入りしている。


「あれ、紅茶の葉ないじゃん。何やってんですか」

「え?あ、ご、ごめん」

いつの間に入ってきたのかわからないが、少しだけ濡れた黒い髪を揺らしながら、赤い瞳で睨まれた。彼が部屋にやってきたら、僕は黙ってソファーに座っていることしかできない。何故髪が濡れているのか尋ねたいような気もするが、僕には恐ろしくてできなかった。多分、寝坊してシャワーを浴びたてでここに来たのだろう。大して仕事はないから時間厳守じゃなくても良いと言ってあるのに、彼はいつもきちんと時間通りにやってくる。

彼の名はシンアスカ。幾度となく戦場で出会って、殺し合いをしてきた相手だ。彼のことなんてアスランの話にたまーに出てくるくらいの認識しかなかったし、正直、2つも年下の、ミネルバのエースだった彼が僕の部下になるなんて思ってもいなかった。


「隊長、コーヒーに砂糖はいくつ入れますか」

どうやら紅茶は諦めてくれたらしい。毎朝ここに来てすぐに紅茶を入れるのが彼の日課となっているようだ。僕は気を使わなくて良いと言ってあるのに、彼はいつも僕の分まで用意してくれる。もしかしたら、僕が彼を怖がっていることを知っていて、わざといじわるしているのかもしれない。僕の知るシンアスカは、そういう人物だった。

「え、ぼ、僕はコーヒーはちょっと、」

「…へぇ、あんた、オレが入れたコーヒーは飲めないっていうの」

「ち、違、そうじゃなくて…」

それでも尚じろりと睨みつけてくる瞳が怖くて、僕は小さな声で「3つ」と言った。すると彼は「3つ!?甘すぎですよ。1つにしておきます」と言う。なら聞かなくても良かったんじゃないのかなと思うけど、僕にはそれを言葉にすることは出来なかった。


戦争が終わってすぐ、慰霊碑の前で出会った彼は、それはそれは可愛らしい子供だった。ふわふわした黒い髪も、赤い瞳から流れる涙も、それはそれは可愛らしかったのに。

それから数ヶ月がたち、僕の部署も大分落ち着いてきたなと思っていた頃。軍内部では、彼の恐ろしい噂が浮き立つようになっていた。

上官とモメるのは日常茶飯事。もちろん彼がまだ幼いということを考慮しても、多すぎる数だ。僕が一番驚いたのは、あまり人と関わらない、事務の仕事に回されても彼が上司とモメたと聞いたときだ。カガリが言うには、決して仕事の内容が悪いわけではないらしい。むしろ、きちんと正確に、真面目にこなしているのだが、やはりそこは彼の性格ゆえ、どうしても誰かとモメてしまうらしかった。

そうして流れ着いてきたのが、僕のところだ。

基本的に僕の部署は仕事がない。たまーにやってくるテロリストも、さほど苦労もなく撃退している。敵が多いときは軍からムラサメ隊を借りることもあるが、それでも人手が足りないと思ったことはない。要するに、同じコーディネーターだし元パイロット同士なんだから仲良くできるだろ、と半ば押し付けられたようなものだった。


「そうだ、えっと、きみ、」

「嫌だなあ、そんな他人行儀にしなくても大丈夫ですよ」

はははと笑って彼は言う。初めて会ったときに彼を「シンくん」と呼んだら、「馴れ馴れしく呼ぶな」と怒られたのは気のせいだったのだろうか。僕は少しだけ頭を捻ってから、「アスカくん」と呼んだ。

「あの…今日もこれといって仕事はなさそうだから、適当な時間に帰っても大丈夫だから、」

「隊長は、これからどっか行くんですか?」

「え?えっと、僕は…」

嫌なパターンだ。前にもこういう状況になり、うっかり「昼食を食べに行く」と口走ってしまったが最後。「じゃあオレも」と言って着いてきた彼の、物凄い量の昼食の代金を支払ったのは僕だった。その前は「家に帰る」と答えたら、何故だかついてきた彼に散々部屋を散らかされ、そして数本のゲームを奪い帰っていった。もちろん、ゲームはまだ戻ってこない。多分もう忘れてしまっているのだろう。彼はにやにやと僕の言葉を待っている。これは完全に上司に対するいじめじゃないだろうか。そして僕はふと、彼が絶対に着いてこなさそうな、最適な場所を思いついた。

「今日は久々にカガリのところに行こうと思ってたんだけど、」

彼の顔が、あからさまに嫌悪を示した。詳しい話は忘れてしまったが、とにかく彼とカガリはとても仲が悪いとアスランが言っていたのを覚えている。この分だと、きっと彼もついてはこないだろう。僕がほっと胸を撫で下ろすと同時、にこりと微笑み彼は言った。

「そんなとこ行ったって、何も面白くないですよ。そうだ、ゲーセン行きましょうゲーセン。オレ、ぬいぐるみ取るのすっごい得意なんですよ!そうと決まればさっさと行きますよ!ほら早く仕度して!」

ばんばんばん、と机を叩かれ、僕はあれよあれよという間にソファーから立ち上がっていた。突然のことに頭が混乱していたが、彼が「10、9、8」と凄いスピードで数え始めたので、急かされたまま慌てて壁に掛けてあったコートを着込む。彼の顔は始終にやついていて、それでも僕は逆らうことが出来なかった。

「じゃ、行きましょうか」

溜息を吐く僕とは反面、嬉しそうに微笑んだ彼は僕の手を引いた。









たぶんギャグ