03 issue

このまま記憶が戻らなければ良いと、彼は言う。それはオレにとって願ってもないことだけれど、でもそんなのは、いけないことだとわかっていた。

キラの記憶がなくなった少し後の日、オレはアスランに呼び出されてた。暫くの沈黙の後アスランは、淡々と話し始めた。

「もしシンが、この先キラの記憶が戻ったとしても、変わらずあいつの傍にいてくれると言うのなら…オレはお前に、話さなければならないことがある」

「以前のキラと今のキラとのギャップに戸惑っているかもしれないが…本当のキラは、今のキラだ」

「お前の知っているキラは、あいつがお前に嫌われるためにわざと演じていたんだよ」

「あいつはお前の大切なものを2度も奪ってしまったことを、とても後悔している。お前に恨まれるのは当然だと思っている」

「でももしお前が、本当に心からキラを許しても良いと思っているのなら、」

「わかってますよ、そんなこと」

オレは誰もいない室内で、真っ暗に染まった窓の外に向かって呟いた。そんなこと、言われなくてもわかってる。ぎゅっと拳を握ると、ふと、彼との握手を思い出した。

それから数日は、毎日キラと一緒に遊びに出かけた。アスランが心配そうな目でこちらを見ていたが、オレは気づかない振りをした。

その間のキラはとても楽しそうで、こんな風に笑える人なんだなと、少しだけ嬉しかった。

「慰霊碑を見に行きませんか?」

そこはオレとキラさんが、2度の出会いを果たした場所だ。キラさんはオレの言葉の意味に気付いたのか少し俯いていたが、小さく頷いた。

はじめから不思議だった。どうして彼の記憶が無くなったのはこの2年間だけで、オレのことだけは覚えていたのか。キラはオレのことをアスランの部下と言ったが、オレがアスランの部下だったのはキラがなくした記憶の2年間の間だけだ。

慰霊碑は以前に比べ随分と綺麗に整備されてあった。岩場は花で埋め尽くされて、ざわざわと風に揺れて綺麗だった。

オレとキラは、暫く何も言わずにどこか見ていた。キラは慰霊碑の前に屈み込む。オレはその少し後ろに立った。

「キラさんに、話さなければならないことがあります」

「なあに?」

キラの声はいつも通りだ。しかし、怯えるように震えた肩を、オレは見逃さなかった。キラは振り返らない。オレは続ける。

「キラさんが無くした記憶の2年間に、何があったのか」

「どうして?」

キラは尚も尋ねる。

「話さなければ、ならないからです」

「どうして話さなければならないの?」

淡々としていたキラの声が、次第に震えだす。

「どうして今のままじゃあ駄目なの?今の僕は嫌い?僕の記憶が無くなっても、何も変わらないじゃない。なのになんでキミは」

「このまま何も無かったことにするなんて、出来るわけがない。だってそうしたら、辛いのはキラさんじゃないですか」

「僕は辛くなんてない」

「嘘だ」

「嘘じゃない!」

立ち上がった、キラの背中は小さく震えていた。オレは気付かない振りをして、彼の腕を引く。無理矢理振り向かされた彼の瞳からは、今にも涙がこぼれそうだった。

「戦争がまた始まって、オーブに家族を殺されたオレは、ザフトに入りました」

「やめて!」

キラは必死に耳を塞ごうとするが、オレはその腕を押さえつける。

「そしてミネルバに乗って、キラさんと戦った。キラさんは、オレの仲間を沢山殺して、ステラも殺して、」

「もう、やめてよ、」

段々と、キラの腕から力が無くなっていく。立つことも儘ならず、キラはその場にかがみ込んだ。オレも彼に視線を合わせるように屈み、そして続ける。

「何もなくなったオレは、ザフトにもプラントにも帰ることが出来なくて、ようやくこのオーブにやってきたんだ」

キラは何も言わなかった。オレの言葉を本当に聞いているのかどうかも定かではない。けれどオレは話さなければならない。本当に言いたいことはまだ、何一つ話していないのだから。

そっとキラの頬に触れると、びくりと彼の身体が振るえた。オレは苦笑しながらも、覗き込むようにキラの瞳を捜す。キラはそっと、その涙に濡れた瞳を持ち上げた。

「いつだってキラさんは、キラさんです。記憶があってもなくても、たとえキラさんがオレの仇だったとしても」

仇という言葉に反応するように、キラの瞳から溜まった涙がこぼれた。オレはそっとその涙を拭う。

「わざと厳しくしてたキラさんも好きだけど、やっぱり笑ってるキラさんの方が好きです。海で遊んだりとか買い物に行ったりとか、すごい楽しかった。確かにキラさんはオレの大切なものを奪ったかもしれないけど、でもオレは、またキラさんと一緒に遊びたい。笑ってるキラさんの顔が、見たいんです」

オレの言葉に、キラはとても驚いたような顔をして、オレはそれが可笑しくてくすりと笑った。キラは、笑われたことに少しだけむっとしたが、しかしいつものように静かに微笑んで言う。

「どうして以前の僕がきみに辛くあたっていたのか、これでようやく理解できたよ」

「え?」

戸惑うオレを見て、キラはくすくすと笑い出した。その瞳には、鈍く光る色はない。

「でも、だって、キラさんの記憶喪失は本当は、」

「ありがとう、シン。でも僕の部下に戻ったら、書類の出し忘れは許さないからね」

「え、え?」

微笑むキラの瞳の端に、涙が光る。笑いすぎた所為か、そうじゃないのかはわからないが。オレはまた見ることが出来たキラの笑顔に嬉しくて嬉しくて、戸惑うことも忘れてただただ笑った。









問題は記憶があるか無いかではないというオチ