戦争が終わり、ようやく落ち着き始めた頃。ずっとカガリの傍で忙しく働いていたアスランが、久しぶりに遊びに来ていた。ここは海岸沿いにある屋敷で、僕の他にもマリューさんやバルトフェルドさんが暮らしている。マリューさんたちは以前と同じようにモルゲンレーテの工場で働いていて、僕もたまにそれを手伝ったりはしているが、殆どの時間をこの屋敷の中で過ごしていた。
慣れない紅茶をアスランに出して、テーブルを挟んで彼の向かい側に座る。
「え?明日来るの?シンくん」
「ああ。ルナマリアと2人で顔を出すと言っていた」
シンくんはアスランの部下で、ふわふわした黒髪と鋭い赤眼の可愛らしい少年だった。一度だけ本物を見たことがあるが、あの時はまだ互いに互いのことを知らなかったため、その印象は希薄である。
「いいなあ、アスラン。僕もシンくんに会いたいな」
僕が思わずそう言うと、アスランは大きな溜息を吐いた。
「会いたいってお前…シンはお前と戦った、デスティニーのパイロットだぞ?」
「知ってるよ。でもそんなの関係ないじゃん」
そんなこと言ったら、アスランやバルトフェルドさんだって元々は敵だったじゃないか。おかしなアスランだと思っていたら、アスランがくすくすと笑い出した。
「なに?」
「いや、シンも似たようなことを言っていたと思ってな」
アスランの言葉に、僕は思わず身を乗り出して尋ねた。
「じゃあシンくんも、僕に会いたいって言ってるの!?」
そうだとしたら、とても嬉しい。彼はあの日慰霊碑の前で出会ったことを、憶えていてくれているのだろうか。そうだとしたら、とても嬉しい。しかしにやける僕に反してアスランは、苦々しい顔で言った。
「キラもキラだがシンもシンだ。あんなことがあった後なのに、当のキラに会いたいだなんて…」
「あんなこと?」
首を傾げて尋ねると、アスランはしまったという顔をして口を噤んだ。じっとアスランの目を見るが、彼は目を合わせてくれない。
「なにそれ、説明してよアスラン!」
「いや、ほら、ずっと敵同士で戦ってて、」
「誤魔化さないで!…頼むよ」
僕はテーブルの上でぎゅっと両手を握り締めた。僕が頭を下げて頼むと、アスランは暫くどうしようかと迷っていたようだが、渋々といった形で口を開いた。
「デストロイという機体を、憶えているか?地球軍の、」
「憶えてるけど…」
ベルリンで戦った、あの大きな機体。そういえばあの時シンくんは、途中から動きがおかしくなって。
「あれのパイロットが、…地球軍の女の子なんだが…どうやらシンの知り合いのようだった。それも、かなり大切な相手だったらしい」
「…だからあの時」
攻撃をしなかったのは、彼女を助けようとしていたのだろうか。けれど僕は何も知らずに撃ってしまった。彼等がどういった関係かは僕にはわからないが、しかし大切なものを失う気持ちはよくわかる。だからアスランは、僕とシンくんを会わせたがらなかったのか。
「オレだって、あの場はああするしかなかったと思ってるさ!だがシンは…かなりショックを受けていたと思う。現にお前の機体を落としたからな」
「…そっか」
まるで昔の僕等のようだ。アスランは溜息を吐いて、紅茶を一口飲んだ。
「シンは戦争で家族を失ってるからな。二度も大切なものを失って、その反動であれ程までに強く成長を、」
「家族を、失ってる?」
そんな話は初耳だ。そういえば以前シンくんはオーブ出身だという話を聞いたことがある。戦後なぜ家族の元じゃなくプラントに戻ったのか不思議だったけれど、つまりはそういうことだったのか。
嫌な汗が、背中に流れる。それに気付かないアスランは、淡々と続けた。
「シンの家族は、オーブ侵攻の際に逃げ遅れて」
「そんな…」
僕は思わず立ち上がった。
「僕は彼から、二度も大切なものを奪ってしまったの?」
「違う、キラの所為じゃない!あれは戦争で、」
「違わないよ!戦争って何?戦争だから、誰の所為でもないっていうの?自分の全てを奪った僕が、目の前にいるっていうのに…戦争だって結局は、人と人がするものなんだよ。戦争だから仕方が無いなんて、そんな」
「キラ、落ち着け!」
ばん、とアスランがテーブルを叩いた。室内にしんとした静寂が訪れる。僕は静かにイスに座った。これが戦争だということは僕にだってわかっている。現に彼だってそれをわかっているから、今は僕に会いたいとまで言ってくれているのに。
「…明日は来ない方が良い。シンにはオレから言っておくから、」
「僕は行くよ」
「キラ、」
「大丈夫だよ…明日で、終わりだから」
「え?」
心配そうなアスランの目に、静かに微笑む僕が映る。やさしい僕は、明日で終わりだ。
慰霊碑の周りに草花はなく、ただ無機質な岩と砂だけが広がっていた。そしてその中心で綺麗な色をした花束が、寂しく風に揺れている。
予定していた時刻より少し遅れて到着した僕は、心配そうに見つめるアスランの前をそ知らぬ顔で通り過ぎ、シンの前に立った。
以前会ったときよりも、少しだけ大人びた顔つきをしている。彼は驚いたように僕を見ていて、僕は少しだけ微笑んだ。
名前を名乗り、握手をした。自分の仇と握手をする彼は、今どんな気持ちなのだろう。もう恨んではいないと彼は言うけれど、でもどこか彼の瞳は鈍く光る。
これは僕のわがままだ。本当は潔く彼に僕を憎ませてあげるのが一番なのだけど、どうしても僕はありのままの自分で彼と接してみたかった。交わした言葉は、互いの名前と少ない挨拶。僕が静かに微笑むと、彼は照れくさそうに俯いてしまいその様子が可愛かった。
仕方のないことだけど、この先一生彼の笑顔が見れないことが少しだけ、かなしい。