名前を呼ぶのが嫌だった。彼が僕の瞳を見る度、僕はどうすれば良いのかわからなくなってしまうからだ。
「アスカくん、今朝までの提出書類がまだ届いていないようだけど」
僕がそう言うと、彼はしまったというような顔をした。僕はわざと大きなため息を吐き、彼の顔を見ずに言う。
「やる気がないのなら、辞めてもらっても構わないけど」
「…わかってますよ」
シンはぎゅっと奥歯を噛み締めて、きちんと一礼してから僕の前から去った。その言葉遣いはとても上官に対するものとは思えなかったが、僕は何も言わない。極力彼と、接することは避けたかった。彼もそれに気付いているのだろう。最近では任務がない限り、僕に近付くこともなくなっている。
「准将…准将?ヤマト准将!」
自分のことだと気付いたのは、彼がわざわざ僕の前まで回り込み、立ち塞がった時だった。シンは少し苛々とした表情で、僕の顔を見ている。僕が対応に遅れ返事をし忘れていると、彼は持っていた大きな封筒を僕の前につきつけた。
「書類、持ってきました。遅れて申し訳ありません」
僕はなにも言えずにただその封筒を受け取った。
僕は現在准将という地位を貰って、こうやって彼等に対し偉そうなことを言っている。けれど僕は本来軍人でもないし、人の上に立つ人間でもないのだ。
「…どうかしましたか?ヤマト准将」
不思議そうに首を傾げながら、シンが問う。僕は「なんでもないよ」と言い、受け取った封筒を抱えた。
「次からはきちんと提出期限までに出すように」
「はい、申し訳ありませんでした」
そう言ってシンは深々と頭を下げた。ふわふわとした黒い髪が、その反動で揺れる。まだ幼い彼が軍にいるのは全て、僕の責任だ。僕が彼から居場所を奪い、それどころかまた新しく出来た居場所までも奪った。彼がオーブ軍に入隊すると聞いたときはとても信じられなかったけれど、僕にはそれを反対することは出来ない。3度目の彼の居場所を、またしても僕が奪うわけにはいかないからだ。
「…本当に大丈夫ですか?熱でもあるんじゃぁ…」
ひんやりと、冷たいてのひらが僕の額に触れた。それを心地よいと思った次の瞬間、冷静になった僕は即座に彼の手を振払った。
「触るな!」
「す、すみません、」
シンはまた頭を下げて、それでもまだ心配そうに僕の顔を見ている。
「用事が済んだのなら、僕はもう行くよ。キミも早く軍務に戻りなさい」
「…はい」
肩を落としまた一礼するシンの隣を、僕は表情を変えることなく通り過ぎた。