03 余寒

あれから3日後の土曜日。アスランがどうしてもシンに会いたいというので、僕達は駅前まで出てきていた。元々シンと一緒にベッドを買いに行く約束をしていたので、そのついでに一緒に食事をしようということになったのだ。

「何度も言うようだけど、君は僕の」

「生き別れで病弱な弟だろ。わかってるよ、余計なことは言わない」

はあ、とため息を吐いて、僕は駅前にあるファミリーレストランを見上げた。ここがアスランとの待ち合わせ場所である。シンは口では「わかっている」と言っているのだが、今日のシンはどうみても普段の様子とは違っていた。具合が悪い、というわけではなさそうだが、しかしどこか元気がなく、不機嫌そうなのだ。

「ほら、早く行くぞ」

シンに背中を押されるかたちで、僕は店内へと足を踏み入れた。


「キラ!ここだよ」

ひらひらと手を降るアスランを見つけ、僕はかけよる。アスランの向かい側の席に僕とシンが、並ぶように腰を下ろした。

「えっと、この子がシン。僕の弟。で、こっちが」

「アスランザラだ。よろしく」

「…どうも」

シンは小さく頭を下げるだけで、すぐに視線を店内へと泳がせてしまう。アスランが不思議そうに僕を見るが、僕は苦笑しながら応えた。

「…人見知りが酷くて」

「そういえば退院したばかりだったな。もう身体は大丈夫なのか?」

「お陰様で」

やはり返事に覇気がなく、僕は首を傾げてシンを見た。やはり具合でも悪いのだろうか。それとも、本当に人見知りが激しいのか。僕と初めて会ったときのことを思い出す限りでは、人見知りが激しいだなんて到底思えないのだが。

「そうだ、注文は何にする?先にしておこうかとも思ったんだが、弟さんが何を食べるかわからなくてね。…キラは、いつものでいいんだろ?」

「うん、そうだね。シンはどうする?」

「いつものって何」

「ハンバーグだよ、チーズが乗ってるやつ」

「オレもそれでいい」

そういうとシンは、またすぐに俯いてしまった。右手でコップを持ち、中の氷をくるくると回して遊んでいる。僕とアスランは互いに目を合わせ、肩を竦めた。



「キラ、ニンジンは残すなよ」

僕がさりげなくニンジンを遠ざけているのを、すかさずアスランが注意する。

「わ、わかってるよ。最後に食べようと思っただけで、」

「そういっていつも残してるじゃないか。結局残して食べるのはオレなんだから」

「僕だってもう高校生だよ、ニンジンくらい食べられるよ」

そういって僕はフォークでニンジンを突き刺す。が、口ではああ言ってみたもののやはりニンジンを食べる気にはなれず、僕は話題を逸らそうと隣に座るシンを見た。食事を開始してから暫く経つが、シンのハンバーグはまだ半分も減っていない。フォークの動きも鈍かった。

「…シン?どうしたの、おいしくなかった?もしかして、やっぱりどこか具合が悪いとか…」

「大丈夫だよ。問題ない」

「なら、いいけど…」

そういってぱくりとシンはハンバーグを一切れ食べた。続いて二切れ、三切れと食べたが、やはりその後が続かない。

「シン、」

「あら、シンじゃない!久しぶり!」

僕が声を発すると同時に、明るくかわいらしい声が聞こえ僕とシンは同時に顔を上げた。

「連絡先もよこさないで引っ越すんだもん、心配したんだから」

「…ルナ、」

シンがルナと呼んだその少女は、すらりと背が高く細い、モデルのような子だった。ショートカットの赤い髪で、シンと出会えたことが本当に嬉しそうに、にこにこ笑っている。シンの知り合いだろうか。シンもシンで本当に驚いたようで、先刻までの暗い表情とは一転していた。

「悪い、急いでたんだよ」

「まあ、そこがシンらしいんだけどね。…あら、こちらの方はもしかして…」

少女がちらりとこちらをみて、驚いたような顔をした。シンはちらりと僕を見てから

「キラだよ。前に話しただろ、双子の、」

「じゃあシン、一緒に暮らせるようになったのね!よかったじゃない!いっつも言ってたものね。早く会いたいって」

「ル、ルナ!」

がたがたと慌てて立ち上がり、シンは少女の口を塞いだ。これほどまでに取り乱すシンを、僕は初めて見た気がする。

「なによー、本当のことじゃない」

「だからってここで言うなよ!あー、もう!」

シンは少女の口から手を離すと、そのまま彼女の腕を掴み歩き出す。

「シン!?」

「悪い、ちょっと外出る。あんたらはゆっくりしてていいから」

静止する僕の声を無視し、シンは少女の腕を掴んだままずんずんと歩き出す。店の扉を出て暫くするまで、僕はただ呆然と彼の背中を見詰めていた。


「…キラ、大丈夫か?」

心配そうなアスランの声に、僕ははっと意識を取り戻す。

「大丈夫、だよ」

「今のは…昔の友人、といったところか」

「そうみたいだね。向こうの学校の子、かなあ」

「知らないのか?」

アスランに問われ、僕はぐっと言葉を詰まらせた。そうだ、僕はシンのことを何も知らない。彼が病弱だというのは嘘だ。けれど、僕と出会う以前に彼がどうしていたのか、本当のことを僕は知らなかった。聞こうとしたこともなかった。結局僕は、彼の好意にただ甘えていただけなのだ。

「双子って、難しいね」

「…そんなもんだろう。双子だからって、何もかも知り合っているというわけではない」

「わかってるけど…」

僕は店の入り口をちらりと見た。シンが帰ってくる気配はまったく無い。

「さっきの、彼女かな」

「さあな。まあ、仲は良さそうだったが。だがあれくらい、ラクスやカガリとだってあるだろう?」

「そうだけど、」

でも僕は、どうしてもあの女の子のことが気になって仕方が無かった。理由はわからないが。一気に食欲がなくなってしまい、僕はフォークを皿に置いた。隣ではシンのハンバーグが、半分以上残ったまま取り残されていた。


結局シンが戻ってきたのは、あれから1時間以上経ってからだった。アスランは用事があるといい少し前に帰っている。僕はぼーっと窓の外を眺めながら、ストローを銜えていた。

シンはまさか僕が残っているだろうとは思っていなかったのだろう。僕の姿を発見して、一瞬驚いて動きを止めたが、すぐに駆け寄ってきてくれた。

「あの子は?」

僕がそう問うと、シンは言い難そうに視線を逸らせて言う。

「抜け出してきた。忙しいって言ってるのに、話が終わらなくて…」

「そっか」

「あの…あいつは?」

「アスランなら帰ったよ。忙しい人だからね」

「何でも知ってるんだ、あいつのこと」

コップの中身がなくなって、僕は銜えていたストローを離した。テーブルの傍に立つシンの顔をなるべく見ないように、僕はイスから立ち上がる。

「キラ、」

「ベッド買いに行くんだよね。早くしないと時間がなくなるよ」

「…ごめん、」

シンは本当に申し訳なさそうな声で謝った。僕はどうしてシンが謝るのかわからないし、謝って欲しくはなかったのだけれど、口を開けばどうしようもなく酷いことを言ってしないそうだから何も言わなかった。


それから2人でベッドを選んで、いつも通り家に帰って夕食を食べたのだが。その空気はどこかぎこちなく、結局その後、あの食事の時の出来事をどちらも口にしようとはしなかった。