01 ドア

久しぶりに雲ひとつない夕空が一面に広がっている。町並みに伸びる長い影の尖端を眺めながら、僕は帰路についていた。手にはスーパーのサミット袋が2つ。満杯に詰まったカップ麺が、歩くたびにがさごそと音をたてた。このカップ麺は全て僕の主食となる。幼い頃に両親を亡くした僕は、家事全般を一切に放棄し日々なんとか生き延びているという状態だった。

だらだらと歩きながら、僕は自宅のあるマンションの前で立ち止まった。オートロックとまではいかないがそれなりに設備の良いマンションの入り口の前の僅かな段差に、見知らぬ少年が腰掛けている。見掛けない顔だからきっとこのマンションの住人というわけではないのだろうが、しかし少年はなんというか偉そうな、さも自分はこのマンションの関係者ですとでも言いたげな雰囲気でそこに佇んでいた。


少年はちらりとこちらを見て、そして一瞬とても驚いたような、不思議な顔をした。僕は少しだけ居心地が悪い思いをしながらも、彼の横を通り過ぎようとしたのだが。

「あんた、ちょっと待て」

突然立ち上がった少年はじっと僕の顔を見つめたまま、僕のすぐ前に立ちはだかった。その真っ直ぐな視線に僕はますます居心地が悪くなり彼から目線を逸らすが、彼からの視線は未だ途絶えることなく僕を見つめている。

「あんたがキラヤマトか?」

少年にそう問われ、僕は思わず少年の顔を見た。幼さがまだ少しだけ抜けきらない、けれども美しく整っている顔立ちの中、ふたつの赤い瞳だけがまるで威嚇するように僕を睨みつけている。

「そう、だけど…キミは、」

「オレはシンアスカ」

シンと名乗る少年は、徐にポケットに手を突っ込むと、くしゃくしゃになった紙のようなものを取り出し僕の前に突きつける。僕はわけがわからないままそれを受け取り、開いた中身を見た。

それは写真だった。一人の若い女性が、両手に2人の赤ん坊を抱いている、微笑ましい写真だ。しかし僕にはこの写真が今この瞬間に何の意味を持ち合わせているのかがわからずに、恐る恐る彼の顔を窺うと彼はまたキっと僕を睨みつけて。

「オレは、あんたの双子の弟だ」

「…え!?」

僕は受け取った写真をもう一度見た。そういわれてみれば、写真に写る赤ん坊の瞳は赤色で、髪は黒い。どことなく目つきも悪く見えてきて、僕は声には出さずくすりと笑った。そしてもう一人の赤ん坊は、茶色い髪、紫色の瞳をしている。僕と同じ色。よくある配色だとは思うが、しかし今回の場合はただの偶然とは思い難い。

「双子…?そんな、まさか…」

信じられないという思いで、僕は写真を見つめていた。僕の両親は僕が幼い頃に事故死している。彼等からは何も聞いていない。しかし僕は、彼等こそが本当の両親だと、信じているわけでもなかった。僕はいつも、彼等は本当の両親じゃないのではないかと考えていた。

「…裏、見ろ」

言われたとおりに僕は写真を裏返す。写真の裏は真っ白くしわくちゃだ。その片隅に小さく美しい文字で、キラ、シンと記されていた。

「…そんな、」

「信じられないかもしれないけど、事実なんだよ」

はあ、と僕は溜息を吐いた。両親が亡くなってから僕は、さほど人生に対する意欲もなくただなんとなく生きてきた。幸い頭は良かったので奨学金が貰え、一人暮しながらも高校には通えている。そしてそのうち就職して、あたたかい家庭でもつくれたら充分かなあと、そう思っていた。こんなふうに突然、生き別れの弟が出現してくるなんてハプニング、想定していなかったのだ。


「…それで、キミは僕にどうしろというの?ただこれを知らせに来たというわけじゃないんでしょ?」

僕が溜息交じりにそう問うと、少年は初めて僕から視線を離した。赤い瞳が、夕日にあたってきらきらと耀いている。

「オレを育ててくれた両親は、事故で死んだ。だからオレ、今日からここで暮すから」

「…は?」

どさり、と重たい音がして僕は視線を足元に落とした。彼は背後に隠していた大きなボストンバッグを、僕の目の前に置いた。好戦的な瞳が、にやりと笑って僕を見るので僕は動けなくなってしまう。もしかしたら僕は、彼の瞳に弱いのかもしれない。すると突然、右手に何か違和感を感じ僕ははっと意識を元に戻す。彼の手には、くるくると回る僕の部屋の鍵。いつの間にか、手から抜き取られていたらしい。

「ちょっと待ってよ、僕はまだその話を信じるなんて一言も…」

「あんた一人暮らしなんでしょ?その両手の袋を見る限り、料理も出来ないんだよね。大丈夫、家事全般はオレがやってやるからさ」

少年は重たそうなカバンを左手で軽々と持ち上げると、右手で呆然と立ち尽くす僕の腕を掴んだ。

「ほら、さっさと歩けよ。どの部屋かわかんないんだから」

そう言いながら、ぐいぐいと見かけによらない力強さで僕の腕が引かれる。

「僕はまだ、そんな話は信じないからね」

「いいさ。すぐに証明してやるから」

振り返り笑うその表情は、先刻までの印象とはまるで違いとても幼い。もしかすると彼は、急に両親を亡くしあんな写真を見せられて、かなり動揺しているのではないだろうか。そして自分でもわけがわからないまま、唯一の肉親かもしれない僕に、縋っているだけなのではないのだろうか。その背中が、僕の腕を強く掴む彼の手がとても不安げに、頼りなさげに見えて、僕は思わずくすりと笑った。









申し訳ないくらいこっから先は暗い