03 discuss tactics

次の日の朝。キラがいつものように一人で歩いて登校としていると、突然後ろから肩を叩かれる。驚いて振り返ると、そこにいたのはシンだった。シンは昨日の何か思いつめた表情とは違い、いつもの明るい表情に戻っている。

「よお」

「あ、おはようシンくん」

キラは挨拶を返すと、そのままシンの隣を通り過ぎ、急いで去ろうとする。そんなキラの腕を、シンは慌てて掴んだ。

「あ、おい、待てよ」

「え?」

「折角待ってたのに、なんで先に行くんだよ」

シンに言われ、キラは言葉を詰まらせた。そんなこと、言うまでもなくわかるはずなのに。キラはちらりと辺りを見回す。時間が時間なだけに、沢山の生徒が歩いていた。

「…わかってるとは思うけど、僕と一緒にいないほうが…」

途切れ途切れにキラが答えるが、そんなキラとは正反対にシンは、明るく笑いながら言った。

「いいんだよ、そんなもん。だってお前ら、別に付き合ってるわけじゃないんだろ?」

「そうだけど、」

「ならあんたは何も間違ってない。だから別に、オレと一緒に学校に行ったって問題はない」

「でも…」

「いいから行くぞ」

それでも渋るキラに、シンはため息を吐きながらその右腕を掴み強引に歩き出した。


校舎前に辿り着く頃には、生徒の数も増え、そのうち校舎の窓からこちらを眺める者までもが現れた。シンの想像以上に、カガリとキラ、そしてアスランの三角関係は生徒に知れ渡っていたらしい。

「やっぱり今からでも遅くないよ、別々に行ったほうが…」

「何怖じ気付いてんだよ。…まあ、それは向こうも同じみたいだけどな」

「え?」

シンの言葉に、キラは首を傾げた。シンは得意げににやりと笑い、言う。

「下手にオレにちょっかいかけると、すぐに会長まで筒抜けになるからな。向こうもそれは避けたいんだろ」

「でも…」

今だ渋るキラにため息を吐きながらも、シンはふと思い出したように言った。

「それよりあんた、昼飯はどうしてるんだ?」

「教室で食べてるけど、」

「じゃあ今日から昼はオレの教室まで来いよ。A組の場所、わかるよな?」

「わかるけど、でも…」

「じゃあ決まりだな。絶対に来いよ」

「…うん」

これ以上抵抗しても無駄だと悟ったらしいキラは、それでもまだ不安げな表情のまま渋々頷いた。


4時間目の授業が終わり、生徒達はそれぞれ弁当を広げたり、食堂に向かい始めた。ヨウランは席から立ち上がると、いつものようにシンのところ、窓際の一番後ろの席に向かう。

「なあシン、今日の飯どうする?食堂行くか?」

「ああ悪い、オレ約束があるんだ」

シンの言葉にまっ先に反応したのはヴィーノだった。

「キラヤマトだろ」

「そ」

にこりと頷くシンに、ヨウランは深くため息を吐く。

「今朝キラヤマトが誰かと登校してるって噂を聞いてまさかとは思ったが…ったく、何考えてんだよ、お前は」

「別に、朝ばったり会ったから一緒に来ただけだし、昼飯一人で食ってるっていうから誘っただけ。オレはああいう、姿も見せずにこそこそしてる奴等が一番嫌いなんだよ」

「シンらしいというかなんと言うか…」

ため息の止まらない友人を余所に、シンは目敏く扉の影に立つキラを見つけだした。

「お、来たか」

来ると約束してしまったためここまで来たは良いが、やはり躊躇われるらしくキラは中々教室の中に入って来ようとはしない。そんなキラにため息を吐きながらも、シンは2人に向かって言った。

「まあお前等まで巻き込むつもりはないから、暫くは離れて食うつもりだし安心して、」

「まあオレも、そういうひきょうな奴等が大嫌いなんだけどね」

「ヴィーノ?」

そう言うとヴィーノは、近くにあった机をシンの机と合体させる。

「まあ、乗りかかった船だ」

ヨウランも同様に、シンの隣に腰をおろした。そんな2人の様子に、シンはくすりと笑みをこぼす。

「なんだお前等、そんなにオレと一緒に飯食いたいのか」

「てゆーかキラヤマトに興味あるし」

「同感だな。なんだかんだ言ってあいつ、女子からの人気は高いんだ」

3人は顔を見合わせて笑うと、未だ廊下からこちらの様子を窺っているキラに向かって手を振った。



昼休みに入り。シンはキラと2人で教室を出、ぐるぐると校内を歩き回っていた。こうすればシンがキラと仲が良いという噂も立つし、向こうも姿をあらわしてくるだろうと践んだのだ。

「…なんだかんだ言ってあいつら、結局はあんたと喋りたかっただけじゃねーか」

昼飯の最中を思い出しながら、シンは呟く。あの後渋々近寄ってきたキラは、即効で2人の餌食となり散々質問責めにあっていたのだ。

「でも楽しかったよ。あんなに喋ったのは久々だし」

「まあ楽しんでもらえたんなら良いけど…」

他愛もない会話をしながら、2人はぐるりと校内を1周し、そして校庭の隅々まで歩いたが。しかし何の収穫もなく、5時間目のチャイムと共にそれぞれの教室に戻った。



次の日の朝。昨日と同様にキラを待っていたシンだったが、いつもの時間になってもキラはやって来ず、結局チャイムが鳴るギリギリまで粘り、そのまま一人で学校に向かった。まさか違う道を通って行ったなんてことは考えられないから、もしかしたら休みなのだろうかと首を傾げながら一人教室に入る。

すると突然、待ってましたと言わんばかりにヨウランとヴィーノがシンに駆け寄ってきた。

「シン、大丈夫だったか!?」

「…な、何が」

突然の2人の反応に、シンは気押されながらも首を傾げる。

「もしかして、来たのってオレ等のとこだけ?」

「だから、何が」

「昨日の帰りに2人で歩いてたら、いきなり後ろから殴られて…」

「何だと!?」

驚きに声を荒げたシンの口を、ヴィーノは慌てて両手で塞いだ。しかし納得できないらしく表情を強ばらせたままのシンに、ヨウランは軽い調子で答える。

「まあ結局は返り打ちにしたんだけどな。暗くて顔は見えなかったけど、多分うちの生徒だ」

だから無傷だよ、と傷一つない両腕を見せられ、シンはようやくほっと胸をなで下ろした。そして冷静になった頭で、もう一度考える。

「…待てよ、返り打ちにした?」

「おう!弱かったぞ、あいつら」

得意げに笑うヴィーノを余所に、シンは納得が出来ないように頭を抱える。

「こんな碌に運動もしてない文科系2人が、無傷で返り打ち出来た、だと?」

「…よく考えたらおかしいな。騒ぎを起こしてるのはバスケ部だろ?」

シンの言葉に、2人も何か違和感を感じたらしい。昨日の出来事を思い出すようにヴィーノは言う。

「そういえば、バスケ部って感じはしなかったかも」

「何がどうなってるんだ…」

呟くシンの言葉に、返事を返せる者はいなかった。


4時間目が終わり昼飯の時間になっても、キラは姿を現さなかった。先刻からちらちらと扉の方を気にしているシンに、ヨウランは訪ねる。

「今日は約束してないのか?」

「いや、毎日来るように言ってあるけど…おかしいな」

シンは首を傾げた。昨日確かにキラは楽しかったと言っていて、その言葉はとてもじゃないが嘘とは思えない。

「まさか、キラのとこにもあいつらが…」

ヴィーノの言葉に、シンは首を振った。

「…いや、それはない。帰りはいつも会長と一緒だし…そういえばあいつ、今朝も姿を見せなかったな」

「一緒に来たんじゃないのか?」

シンはぼんやりと校庭を眺めながら言う。

「待ち伏せしてたんだけど、来ないから先に行ったんだよ」

「なんだ、じゃあ休みじゃないの?」

先に弁当を広げ食べ始めているヴィーノが、呆れながら言う。休みならば今朝も今も来ないのは当然だ。しかしシンはどうにも納得できないらしい。

「休みって…理由がないだろ」

「風邪ひいたとか、お腹痛いとか」

「携帯の番号は知らないのか?」

ヨウランの言葉に、シンは言葉を詰まらせた。

「…知らない」

結局のところ自分は、キラのことを何も知らないのだ。何も知らないくせに勝手に首を突っ込んで、もしかしたらキラは本当は迷惑だったんじゃないかという思いが脳裏を過る。

「じゃあ会長に聞きに行けば?付き合ってないって言ってたけど、仲が良いのは事実だし」

「そっか…そうだな」

そう言うとシンは、やはり浮かない表情が拭えぬまま、渋々弁当を広げた。


放課後。今日に限って生徒会の仕事は無く、慌ててシンが生徒会室に駆け込んだがそこにカガリの姿は無かった。その足でカガリの教室まで行ってみるが、そこにいたのは掃除をしていた生徒が数名だけで、やはりカガリの姿は見えない。

「…もう帰ったのか…?」

ぐるりと校内を捜しまわったがやはりカガリの姿は見当たらず、シンは一番最後に見ていなかった場所、体育館に足を運んだ。放課後の体育館に来ることは殆ど無く、初めてに等しい。中ではバスケ部が練習をしていた。

「アスランザラは…知るわけないか」

体育館の端を邪魔にならないように歩きながら、シンはアスランを探す。が、コート内に彼の姿は無く、シンがきょろきょろと辺りを見回すと彼はマネージャー達と一緒に体育館の隅に腰をおろしていた。そしてその腕には、白い包帯が巻かれている。

「え!?」

シンは慌ててアスランの元へ駆け寄った。

「あの、アスラン先輩、」

「ん?えっと、君は…」

突然現れたシンに首を傾げながらも、アスランはにこやかに答える。

「2年のシンアスカっていいます」

「ああ、副会長の。どうかしたのか?」

シンは一瞬躊躇ったが、率直に包帯を指差し訪ねた。

「その手、どうしたんですか」

「これは、その…」

穏やかだった彼の表情に、戸惑いの色が浮かぶ。シンがやはり、と思い尚も問いかけようとすると、それに答えたのはアスランではなく部員達だった。

「昨日の夜、誰かに襲われたんだよ」

「襲われた!?」

「お前達、」

アスランの制止の声に構わずに、部員は続けた。

「犯人はカッターナイフを持っていて、部長の腕を切り付けて逃げていったんだ」

おそらく余程悔しかったのだろう、部員は悔しさに溢れる声で答えた。まさかとは思ったが、予想通りの解答に今度はシンに焦りの色が浮かぶ。

「まさか、アスラン先輩まで…」

「どういうことだ?」

シンの小さな呟きを聞いたアスランは、シンに問う。シンははっと口を押さえたがもう遅く、沢山の部員達に睨まれながらも渋々口を開いた。

「えっと、…実はオレの友達も、昨日の夜誰かに襲われて…まあ幸い無傷で済んだんですけど。…てっきりオレ、犯人はバスケ部の誰かかなーなんて思ってて…」

「オレ達がそんな姑息な真似するわけないだろ!」

部員の言葉に、アスランも頷く。

「部員達には1年前の件でしっかりと言い付けてあるから、まさか今さら…」

「じゃああいつのジャージとか隠してたのも、」

シンの言葉に、部員達は揃って首を傾げた。

「ジャージ?知らねーよ、そんなもん。オレ達は部長に言われて、1年前から一度もあいつとは関わってないんだから」

「…一体何がどうなって…」

しかしシンはしっかりと自分の目で見たのだ。何ものかがキラのジャージを捨てたところを。ということはあれはバスケ部ではなく、バスケ部の名を利用した第三者というわけなのだろうか。だが、ヨウランやヴィーノの話ではこの件に関わっているのはキラとカガリとアスランの3人だけで、キラが狙われているというのなら犯人はアスランサイドの人間に決まっていると思っていたのに。しかし今回は、アスランまでもが襲われている。頭を抱えるシンを余所に、ふと気付いたようにアスランは言った。

「キラは、キラは大丈夫なのか?オレのところにまで来たのなら、一番危ないのはキラだろう」

アスランの言葉に、シンはようやく本来の用事を思い出した。

「それがあいつ、今日は学校に来てないみたいで…。そうだ、それでオレ、連絡先を聞こうと思ってて会長を探してて…」

「カガリなら今日は早退したぞ」

「早退?…そんな、」

まさか、とシンは思ったが、しかし実際カガリは早退しているのだからそれが真実なのだろう。あの元気だけが取り柄の会長が早退だなんて俄には信じられないが、カガリがいない以上、シンにできることは何一つなくなってしまったのだ。

肩を落とすシンに、アスランは元気づけるように言う。

「とりあえず帰ったらオレからカガリに連絡してみよう。大丈夫、キラは前から休みがちだったし、今日だって」

「でも、」

「今はどうする術もないんだ。友達が心配なのはわかるが、ただ闇雲に焦っても」

「友達?」

アスランの言葉を反芻するように、シンが呟いた。そしてそのまま、何か考え込んでしまう。

「?…キラとは、友達なのだろう?」

しかしシンから答えは帰って来ず、アスランは首を傾げた。間もなくして席を外していた顧問が戻って来、練習が再開する。シンは未だ深く考え込んだまま、体育館を後にした。