楽しそうに雑談をしている友人を余所に、シンはぼんやりと教室の窓から校庭を眺めていた。昼休みというだけあってそこには沢山の生徒、とくに親しげに寄り添う男女の姿が多く、シンは思わず自然と眉間に皺がよる。シン自身に彼女はいないが、しかし羨ましいというわけではない。ただなんとなく、癪なのだ。そうしてシンは暫く何をするわけでもなく校庭を眺めていたのだが、その片隅にふと、見なれた目立つ金色の頭を見つけ、思わず目を見開いた。
「なあ、あれ誰」
雑談に勤しんでいた友人の肩を叩き、シンは問う。突然シンに呼ばれたヨウランは、怪訝そうな顔をしながらもシンの隣から校庭を覗き込んだ。シンが指差した先にいるのは、おそらくこの学園にいる者ならば誰もがその姿を知っているであろう人物で。
「誰って…会長だろ」
何を言っているんだこいつは、といった顔でヨウランはシンを見た。それもそのはず、金色の髪をした少女、カガリはこの学園の生徒会長を努めており、そしてシンは生徒会の副会長なのだから。しかしシンはぶんぶんと首を降り、窓から手を伸ばし指を差す。
「じゃなくて、その隣の茶髪の、」
ああ、あいつか、と言いながら、しかしヨウランは首を傾げた。
「なんだっけ…確か同じ学年の…」
「ヤマトだよ。名前は確か…キラ、だっけ。ほら、会長と付き合ってるっていう」
「ああ、そうそう、それだ」
いつの間にか同様に窓から顔を出していたヴィーノにいわれ、ヨウランは頷いた。そんな話、全く聞いたことのなかったシンは驚きに目を見開く。
「会長って彼氏いたのか!?」
「有名な話だろ。知らないのか?…まあオレも詳しくはしらないけど…」
そう言うとヨウランはちらりと校庭の2人を見、そして少しだけ声を潜めて言った。
「アスラン先輩って知ってるか?3年の」
「ああ、あのバスケ部の」
情報に疎いシンでも、アスランの名前は知っていた。彼は成績優秀スポーツ万能、バスケ部のキャプテンも勤めており、女子からも男子からも好かれる存在だった。シンは偶然部費の折衝の関係でバスケ部と関わったことがあるのだが、その時少しだけアスランと会話をしたことがあった。シンはぼんやりと当時のアスランの顔を思い出しながら耳を傾ける。
「先輩はずっと会長に片思いしてて、1年前に告白したらしいんだが…会長はアスラン先輩よりもあいつを選んだらしいんだよ。それで、納得できないバスケ部員たちがキラヤマトを呼び出したとかなんとかで…。会長もなんであんな奴を選んだんだか」
「ふうん…」
シンはぼんやりと1年前のことを思い出していた。当時はまだ1年生だったシンは、そのころは副会長だったカガリと一緒にバスケ部の部室まで赴いたことがある。その時のカガリとアスランは、恋人とまではいかなくとも、しかし友達とは思えないくらいに親しげに会話していたのだが。
ちらりと校庭に視線を戻すと、きっと何か面白い話でもしているのだろう。2人は顔を見合わせて楽しそうに笑っていた。
放課後シンはいつものように生徒会室にいた。もうすぐ学校祭があるから、その準備に終われているのだ。室内にはカタカタとキーを叩く音が響いている。他の役員たちは外に出てしまっているため、今この部屋にはシンとカガリしかいない。
かたん、とエンターキーを押して、シンは両手をあげて大きく伸びをした。ずっと同じ姿勢でいた所為か、体中がばきばきする。何か飲み物でも買ってこようかなと思いカバンから財布を取り出し立ち上がると、同時に扉がノックされた。
シンはちらりとカガリを見る。カガリは仕事に集中しているらしくて、来客には気付いていないようだった。シンは取り出したばかりの財布をまたカバンの中に仕舞うと、静かに扉をあける。そこに立っていたのは、昼に見かけた茶色い髪。
「あ…キラヤマト、」
「え?」
突然名前を、しかもフルネームで呼ばれキラは首を傾げた。しかしシンはそんなことお構いなしにじっとキラの顔を見る。不思議そうな表情のキラを見てシンは、なるほど美形だな、と思った。きっとカガリは線の細い感じのタイプが好きなのだろうか、などと勝手に解釈をする。
「あの…」
「なんでもない。…なんか用かよ」
不躾なシンの言葉に、しかしキラは不快な様子など見せることもなく静かに微笑み言った。
「えっと、カガリ…じゃなくて、アスハ先輩、いるかな」
「いるけど…」
「キラ!」
カガリ、と呼んだ名前があまりに自然すぎて、シンは一瞬怯むように言葉を詰まらせた。が、それをキラに悟られる間も無く、後ろからやってきたカガリに突き飛ばされる。
「どうした?今日は先に帰ってて良いと言ったのに、」
キラは変らず笑みを浮かべたまま言った。
「うん、帰るつもりだったんだけど…図書室に寄ってたら、遅くなっちゃって…もしかしたらまだカガリいるかなって思って」
「なんだそうか!」
呆然と2人のやりとりを見つめているシンを余所に、カガリは素早く室内に戻ると、やりかけの仕事に目もくれず、一目散に自分のカバンを持ちまたその場に戻ってくる。そして扉を出る寸前、ふと思い出したように扉の横に追いやられていたシンを見てカガリは。
「私は先に帰るから、後は頼むぞ!」
「はぁ!?」
「じゃあなー」
ひらひらと手を振りながら、苦笑しながらぺこりとこちらに頭を下げたキラの腕を掴みカガリは去って行った。
残されたシンは、机の上に散らばった資料や電源が入れっぱなしの、おそらくまだ最後まで終わっていないのであろう画面を見、呆然と立ち尽くす。
「なんなんだよ、一体…」
呟くが誰もいない生徒会室から返事が帰ってくることはなく、仕方なしにシンは一人片付けに取りかかった。