02 肌と火薬の色

「地球軍、ですか?」

アスランの言葉に、艦長は静かに頷いた。

「ですが、どちらかというとブルーコスモスみたいね。被害が大きいため、我々に討伐命令が出ました」

そう言って艦長は、テーブルに映し出された地図の一部分を指差した。山岳地帯の真ん中で、辺りには小さな村が数箇所あるが、殆どが軍用の施設となっている。噂によるとその施設にはブルーコスモスの者が多く、辺りにある村々を襲っているらしい。その村はコーディネーターも多いため特に被害が大きいらしいのだ。

「出撃するのは」

「いつもの3人でいいわ」

「キラさんは?」

艦長の言葉に、シンが問う。シンはちらりと僕の方を見た。自分の名前が挙げられ、僕は顔を上げる。艦長と目があった。

「彼が出るほどのものでもないでしょう」

僕は静かに頷いた。その通りだ。僕はあくまで臨時のMSパイロットなのだから、通常の任務に参加することは殆どないと議長は言っていた。僕が参加すべきなのは、もっと危険性がある戦闘のみで充分だ。それにここで僕が出張らなくとも、この隊にはアスランがいるのだから。

僕はちらりとアスランを見た。アスランもこちらを窺っていたが、しかし僕が視線を寄せると同時、すぐに目を逸らせてしまった。


「キラさん!」

格納庫に声が響く。僕は振り返った。シンが、手を振りながら駆け寄ってくる。

あの後僕は殆ど作戦に参加しないため、一人会議室を出て格納庫に向かったのだ。シンがやってきたということは、話し合いは終わったのだろう。シンはぱたぱたと僕に駆け寄り言う。

「キラさんって強いんですか?」

シンは唐突に尋ねた。僕は首を傾げる。

「どうして?」

「艦長が、今回はキラさんが出るほどのものじゃない、って…」

そうだ。すっかり忘れていたが、彼だけは僕を知らないのだった。僕はどういう言葉を返せば良いのかわからずに、ただ苦し紛れに微笑むと、

「特務隊だからだよ。それに、僕が出なくてもアスランがいるじゃないか」

と言った。シンはこんな返事で納得できたのかよくわからなかったが、しかし小さく頷いた。わがままかもしれないが、彼にだけは僕のことは知られたくなかった。どうしてかはわからないけれど、多分まだ戦争に染まりきっていない彼が、羨ましかったのだと思う。



作戦は一部を除いて成功だった。ブルーコスモスは撤退し、地球軍はあの施設の人事異動を行うことを宣言した。ザフトの艦が出てきてしまっては、地球軍ももう見て見ぬ振りは出来ないのだろう。

格納庫に、それぞれの機体が戻ってくる。僕も整備があるため格納庫にいたのだが、シンの機体の周りに人々が集まっているのを見て、僕も急いで駆け寄った。騒ぎの中心にいるシンは、右腕を庇うように押さえながら笑っている。シンの機体もかなりの損傷を負っていた。

「大丈夫ですよ、これくらい」

シンはそう言うが、しかし右腕からはとめどなく血が流れている。

「大丈夫なわけないだろう!いいから早く医務室に、」

アスランがシンの腕を掴み、騒ぎの中心から引きずり出した。周りにいる整備士達は僕の姿に気付き、それぞれの持ち場に戻っていく。3人はまだ、僕に気付かない。それほどまでにシンのことを心配しているということなのだろう。普段なら決して無表情を崩さないレイでさえ、心配そうにシンを見ている。

「すみません、反応が遅れた自分の責任です。オレが医務室に、」

「いや、だがレイはまだ機体の整備が残っているからオレが、」

自分が自分が、と話を進める2人を、シンは困ったように見ていた。ぽたぽたと右腕から滴る血が床に落ちる。僕が溜息を吐くと、シンは僕に気付いたらしく、照れくさそうに笑った。

「アスランは艦長への報告があるでしょう」

突然の僕の言葉に、しかしアスランは悔しそうに頷く。僕はそんなアスランを他所に、シンに近寄った。

「大丈夫?シン。彼は僕が連れてくから、アスランは早く艦長のところに。キミが規律を守らないでどうするの」

「わかり、ました」

冷ややかにそう言うと、アスランはまた悔しそうに頷いた。レイが驚いたように僕とアスランを交互に眺めていたが、僕は気にせずシンの手を引き格納庫を出た。


医務室には生憎誰もおらず、仕方が無いので僕がシンの腕に包帯を巻いていく。しかし包帯など巻いたことのない僕は、予想通りへたくそでシンが小さく笑った。

「ご、ごめん…僕、手当てされてばかりで、自分でしたことなくて、」

「大丈夫ですよ」

シンは笑うと、僕の手から包帯をとり、自分で腕に巻き始めた。利き手じゃないというのにその蒔き方は手馴れたもので、僕が巻くより遥かに上手に包帯がシンの腕に巻かれていく。僕はぼんやりとシンの腕を眺めながら、先程のやり取りを思い出していた。

アスランが、あんなに必死になるところを見るのは久しぶりだ。そして、その相手が僕じゃないなんて、初めてかもしれない。僕が死んでいた1年間、たった1年間だが、しかし何かは確実に変わってしまった。僕のいない世界で。

「…仲がいいんだね」

「え?」

ぼんやりと呟くと、シンは首を傾げた。

「アスランたちと」

「あー、」

シンは僕が先刻のやり取りのことを言っていることに気付いたのだろう。照れくさそうに頭をかきながら、

「隊長は心配しすぎなんですよ、大丈夫だって言ってるのに…」

「羨ましいよ」

羨ましいのは、何の妨げもなくシンと接することの出来るアスランとレイだ。僕は自分が起こした過去の罪を許せない。戦争だからといって、僕は何人もの仲間を殺してしまった。しかしそれはアスランも同様なのに、何故彼は何のためらいもなくシンと接することが出来るのだろう。僕は自分の出生が許せない。見た目は同じ人間だというのに、僕には決して仲間などいない。一人なのだ。それはレイも同様なのに、何故彼は何の恐れもなくシンと接することが出来るのだろう。それとも、それぞれを兼ね揃えている僕だからこそ、それが許されないのだろうか。こんな僕が、彼に素直に接しようとすること自体が奢侈なのか。

つい物思いに耽ってしまいはっとシンの顔を見る。シンは何も言わず、じっと僕の顔を見ていた。その瞳に、何かが過ぎったのが見えたが僕にはそれが何なのかがわからない。シンは僕の視線に気付き、唐突にあたふたと話し始めた。

「でも今日は、隊長の作戦は完璧だったんですよ!オレが勝手に足引っ張っただけで…隊長は、本当に凄い人なんです、だから、」

「そっか」

僕が静かに微笑むと、シンは恥かしそうに顔を俯けた。シンはきっと、アスランのことが好きなんだろうと僕は思う。僕は密かにレイを応援していたから、ついつい先刻はアスランの邪魔をしてしまったが、しかしシンにとってはアスランが来てくれたほうが良かったのだろうか。

僕はそっと、俯くシンの跳ねた髪を撫でた。ふわふわとして、心地よい。シンは驚いたように顔を上げて、僕の方を見た。僕としてはレイを応援したいところだが、しかしシンがアスランを慕っているのならば僕はシンを応援すべきなのだろうか。アスランはきっとシンのことが好きだと思うから、レイには申し訳ないがそれが一番なのかもしれない。シンは子ども扱いされて恥かしいのか、頬を染めて窺うように僕の方を見ていた。ちくりと心が痛むが、しかし僕は気付かない振りをする。僕の想いなど、きっと彼には必要のないものだから。

僕は立ち上がると、シンに背を向けて言う。

「じゃあ僕、キミの機体直してくるよ。どうやら盛大にやっちゃったみたいだし」

「すみません、」

恥かしそうに俯いて謝るシンはとても可愛い。でもそんな考えも今日で終わりだ。僕は何も知らない振りをしながら、彼等の邪魔にならないよう、少しずつ距離を離していけばいい。

「じゃあ、」

扉が閉まる間際ちらりと振り返ると、シンがじっとこちらを見ていて、僕はまたついどきりと心を鳴らしてしまった。