「シンがいなくなりました」
部屋に入るなり突然口を開いたレイの言葉に、キラはぴたりと動きを止めた。予想外の言葉だった、し、なによりレイが来るというのも予想外だったというのに。
キラは振り返りレイの顔を見る。レイは相変わらずの無表情だったが、キラはなんとなく、その瞳が自分を責めているような気がした。
「どういう、こと?いなくなったって、そんな、」
あの学校祭の日から5日程が経つ。その間キラはいつものように放課後はずっと生徒会室にいたのだが、シンが遊びに来ることは一度もなかった。毎晩来るはずの電話も来なかった。どうしたのだろうか、と心配していたキラだったが、あの日自分がシンに言った言葉を思い出し、きっと自分のことを諦めたのだろう、と、そう思っていた。
レイはじっとキラの瞳を見、言う。
「おそらくシンは、プラントに行ったと思われます」
「プラントに!?」
いったいどうして、キラはレイに尋ねるが、レイは静かに首を振る。プラントに行ったという言葉も、レイ自身確証のあるものではなかった。突然学校に来なくなったシンを心配していたら、ルナマリアが数日前に、プラント行きのシャトルについて調べているシンを見かけた、とそう言っていたのだ。
レイはちらりとキラを見る。キラは何か考え込むように俯いていた。
「…でも貴方には、関係ないことかもしれませんね」
レイが静かにそう言う。学祭が終わったとき、シンの様子がおかしかったのはおそらく彼の所為だと、レイは思っていた。そしてその予感は外れていないのだろうとレイは核心する。きっとキラは、親しくない人間には冷たく接すよう心がけているのだろう。シンと自分に対するその違いから、レイはそう思った。しかしそのキラが、シンがいないという言葉だけでこんなにも揺らぎかけている。シンは片思いだと言っていたが、もしかしたらそうではないのかもしれないな、とレイは思った。
何も言わないキラに、レイは一礼すると扉に手を掛けた、その時。
「シンの家の住所、教えて欲しい」
ぽつりと呟いたキラの言葉に、レイは少しだけ驚いたが、何も問わなかった。
「…これから向かうので、貴方も行きますか?」
どこか優しいレイの言葉に、キラは静かに頷いた。
シンの家はキラの学校からかなり離れた場所にある、アパートの一室だった。一人暮らしらしく、一部屋の作りはとても狭そうだ。シンが一人で暮らしているということを知らなかったキラは、とても驚いた様子でアパートを見ている。
「シンから聞いていないんですか?」
「…僕は彼のこと、何も知らないから」
レイはポストの下に貼り付けてあった鍵を取り出すと、扉を開き中に入った。キラも後に続く。
室内は意外と綺麗に片付いており、棚の上には家族と思われる写真が入った写真立てがあった。写真立ては2つあり、もう片方は何故か倒れ、中の写真が抜き取られている。
「これは、」
「ここには確か、シンの妹の写真が…」
レイはそういいながら、ばたんばたんと勝手に部屋の扉を開く。キラはただぼんやりと、飾られた家族の写真を眺めていた。
「荷物が少しなくなっています。携帯は持って行ったようですが…」
どうやら電源を切っているらしかった。レイは何度も連絡したが、一度もそれがつながることはなかった。
「やはりプラントに向かったようですね」
「誰か知り合いがいるの?」
キラの言葉に、レイは考え込む。が、思い当たる節があるらしく、はっと顔を上げた。
「…もしかしたら、シンの両親がいるのかもしれない」
「え?」
「シンの家族のことはあまり聞いたことがないのですが、シンが一人で暮らしているということは、両親はプラントにいるのかもしれない、ということです。シンの話では、他に親戚はいないとのことだったので、」
「そっか…」
それから暫く室内を探していると、やはりシンの部屋からプラント行きのシャトルの時刻表が見つかった。時刻のひとつが丸で括られており、レイとキラは互いに顔を見合わせた。
レイは扉に鍵を掛けると、元あった場所にまた鍵を隠す。シンがプラントに行ったのはおそらく確実だろう。だとしたら、レイにはもう出来ることなど何もなかった。
「…ごめんね、僕の所為で、」
「あなたの所為なのですか?」
キラは曖昧な表情を返した。苦笑するようなその顔に、レイは頷く。
「貴方はこれからどうするんですか?」
キラからの答えはなかった。レイにはもう、どうすることもできない。しかしキラが何も答えないということは、キラは何かをするつもりなのだろうか。
「貴方には、関係のないこと、なんですよね」
「…そうだよ」
キラは静かに頷いた。
シンはプラントの市街地を歩いていた。第2世代のコーディネーターであるシンでも、プラントに来るのは初めてだ。今までバイトで散々稼いだためお金はいくらでもあるのだが、しかし慣れない土地を一人で歩くのはやはり不安だった。プラントに来た目的はあるが、それはとても漠然としているため、やはりまずは住むところを決めなければならないのだろうか。だとしたらどこに。そんなことをぼんやりと考えながら、シンは歩く。どちらにしろお金なら沢山あるから、きっと大丈夫だろう。そう思い顔を上げた瞬間。
どん、と、角から出てきた人物と思い切りぶつかった。
「痛っー…すみません、」
ぼんやりとしていた自分の過失だろう。シンは謝りながら、痛む顔を手で擦る。すると、衝突した衝撃で地面に座り込んでしまった少年が、
「シン、」
といった。見知らぬ土地で自分の名を呼ばれ、シンは驚いて少年の顔を見る。少年の顔が、ぱあっと明るくなった。反してシンの瞳は、驚きに見開かれる。
「…キラ、さん、なんで、」
「とりあえず手、貸して欲しいんだけど」
そう言われ、シンは慌ててキラに手を差し出す。キラはそれに掴まると、痛む腰を擦りながらゆっくりと立ち上がった。
キラはいつものジャージと学ランの姿ではなく、シンが初めて見るであろう私服を着ていた。シンと違って荷物も少ない。キラはシンの顔を見ると、ほっとするように微笑んだ。
「な、んで、…どうしてここにいるんですか!」
思わぬ人物の登場に、シンは思わず力まかせに叫んだ。キラは突然シンに叫ばれびくりと肩を震わせる。
「…ごめん」
やはり迷惑だったのか。しょんぼりと肩を落とし謝るキラに、シンははっと正気を取り戻す。
「いや、あの…オレの方こそ、ごめんなさい」
俯きながら呟くと、キラがくすりと笑う声が聞こえた。
「やっぱりオレ、やらなきゃいけないこととか抱えて、有耶無耶にしてるのが駄目なんだって思ったんです」
公園のベンチに、2人並んで座っている。シンはぼんやりとどこか眺めながら言った。
「オレの妹、行方不明なんです」
「じゃあ、妹はプラントに?」
シンは頷いた。
「どうして…どうして僕に話してくれなかったの!」
「だってこれは、オレの問題だし…それに、キラさんに迷惑かけるわけには、」
「なに言ってるの!」
キラは思わず立ち上がり、言った。
「今までさんざん迷惑かけたのは僕じゃないか。僕も手伝うから、一緒に探そう?」
「…は、はい」
キラの言葉があまりに嬉しくて、シンはつい頷いてしまった。キラは優しい。それはシンも知っていることだし、そういうキラが好きなのだが、今はキラのその言葉がとても痛かった。あの学祭の日のことを、キラは忘れてしまったのだろうか。シンは問いかけようと思ったが、3度も振られる勇気はなく、ただ静かにキラの後につくことしかできなかった。
それからは早かった。
キラがオーブの官僚に知り合いがいるといい、電話で連絡をしてシンの妹が失踪したその日、プラントに渡った小さな女の子を調べてもらった。すると運良くその日近郊にプラントに渡った少女は一人しかおらず、シンとキラは互いに顔を見合わせ喜んだ。少女は怪我が酷かったが身元がわからなかったため、プラントに運ばれたらしい。幸いなことにその少女は現在とある豪邸で働いているという情報を入手し、キラとシンは急いでそこに向かった。
それはキラにとっては馴染みの深い、1軒の豪邸だった。
「…キラさん?どうかしましたか?」
ついたとたんにそれまで元気だったキラが黙り込んでしまい、シンは首をかしげてキラに尋ねた。するとキラの膝が、かくんと崩れてシンは慌ててキラを支える。
「だ、大丈夫ですか?どこか休むところを、…」
シンは抱えたキラをちらりと見る。苦しそうに肩で息をし、目は固く閉じられていた。近くに公園を見つけ、急いでキラを運んだ。そしてゆっくりとベンチに横たえさせる。
「…大丈夫ですか?キラさん」
静かに目を開いたキラに、シンは呼びかける。
「…ごめんね、シン。ちょっと具合悪くなっちゃって、」
キラはゆっくりと起き上がる。
「一人で、行ける?僕、まだ立てそうになくて、」
「…わかりました」
静かに頷くと、シンは一人豪邸に向かった。その豪邸は昔クライン邸と呼ばれた、有名な場所だった。
それから間もなくして、シンは戻ってきた。シンはキラの顔を見るなり悲しそうに、しかし静かに微笑む。
「…どうだったの?」
シンの表情から察するに、きっと妹がいなかったのだろうとキラは思った。シンはベンチに座るキラの隣に座り、一息ついてから静かに言った。
「…今からちょうど1年くらい前に、病気で亡くなったそうです」
「そんな、」
あの日受けた傷は、相当に深かったらしい。プラントで何とか一命を取り留め、それから暫くは元気にあの屋敷で働いていたらしかった。お金を貯めて、いつかオーブに行くと言っていたのだが、その体力は半年しか持たず、しかも怪我の後遺症か内臓の一部がうまく機能しないらしくて、そのまま眠るように亡くなったらしい。
「…これを、貰ってきました」
シンは懐から1枚の写真を取り出した。きっと真中にいるのがシンの妹なのだろう。数人の仲間とともに、楽しそうに笑っている。
「…キラさん?」
キラの瞳から、ぽたぽたとしずくが膝に落ちた。
「どうしてキラさんが泣くんですか」
しかしキラは、首を振るだけで何も答えなかった。ぽたり、ぽたりと雫が落ちる。シンはそんなキラをみて、ぐっと拳を握ると、しっかりとキラの方を見据えて言った。
「やっぱりオレ、キラさんのことが好きです。諦めるなんて、出来ない」
シンの熱い言葉に、キラはぐっと息を呑んだ。顔を上げると、紫色の瞳が涙で濡れている。キラは言う。
「じゃあもし僕が人殺しだったとしても、キミはまだ僕のことを好きだって言ってくれる?」
「…え?」
いつの間にか、日がすっかりと落ちてしまっていた。仄かに明るい外灯の下で、シンとキラはただぼんやりと座っている。あの戦争に参加していたこと、しかも地球軍で、MSに乗っていたことを、キラは静かに話した。黙って聞いていたシンは、最後に一言「そうだったんですか」とだけ言った。キラは予想外のシンの言葉に、どうすればいいかわからずにまた涙を流した。
「僕は最悪だ。沢山の人を殺してしまったんだよ。ごめんね、シン」
「でもキラさんに守られた人だっています」
キラの自分を否定する言葉に、シンは必死に弁解した。キラはわかっていない。キラがMSに乗って戦っていたことが事実だとしても、しかしそれは戦争なのだ。むしろ勝手に戦争に参加せざるを得ない状況にした地球軍こそが悪いと思うのに、しかしキラは自分を攻めた。
シンの言葉に、キラは首を横に振る。
シンは優しい。キラは初めてシンとであったときから、ずっとそう思っていたし、それは今も変わらない。本当なら今すぐにでも人殺しである自分の傍から離れたいだろうに、きっと妹を探してあげた恩があるからと、自分を慰めてくれているに違いないとキラは思った。シンは優しい。シンの言葉は優しい。だからいつも、自分は彼に好かれているんだと、必要とされているのだと勘違いしてしまいそうになる。
「僕は同胞を殺したんだよ。誰も僕を、許してなんてくれない」
「オレが許します」
シンの言葉に、キラは顔を上げた。キラには意味がわからなかった。しかしシンは、にこりと微笑んでいる。
「だってキラさんは、オレを助けてくれたでしょう」
あの日、地球軍がオーブに攻めてきたあの日、シンは家族みんなで避難する最中だった。しかし運悪く地球軍のMSの砲撃がシンたちが逃げる方向を向き、シンはとっさに目を瞑った。死んだと思った。しかし目を開くと、そこには青い羽のMSが、まるで砲撃から自分達を守るように立っていたのだ。あの青い羽のMSがその後どうなったのか、シンは知らない。しかしもし出会うことが出来れば、ずっと礼を言いたいと思っていたのだ。まさかそのMSにキラが乗っていたとは、シン自身思ってもいなかった。
「嘘…」
「本当です。オレは、キラさんに助けられた。キラさんがいなかったら、今ここにオレはいないんです」
「でも僕は、キミのご両親を助けることが出来なかった」
キラは地球軍のMSからシンを守った。しかし、その時キラにはシンたちがよく見えておらず、しかも不意打ちだったため、攻撃を完全に防ぎ切ることが出来なかったのだ。助かったのはシンだけで、家族はそのまま行方不明になってしまった。後日、瓦礫の下から両親の遺体が発見された。
シンは、レイやルナマリアには両親が亡くなったことを話さなかった。わざわざ話すことでもないと思ったし、それに、もしかしたら心のどこかで両親の死を認めたくなかったのかもしれなかった。今日シンは初めて両親が死んだということを話した。自分がそれを認めなければ、キラを許すことなんて出来ないから。
「本当なら、オレだってあの時死ぬはずだった。キラさんがいなかったら、オレだって死んでたんですから」
「でも、」
「オレが許すって言うからいいんです」
シンは相変わらず微笑んでいて、キラは全てを許されているような気がして、どうしようもない気分になった。
ずっと誰かに責められていたかった。それが一番だと思っていたし、そうなることが一番自然なのだとキラは思っていた。しかしキラの仲間達は、優しくキラを慰めてくれて、キラはそれがどうしようもなく居心地が悪かった。彼らも同じように何かを失っているのに、それでも自分を励まそうとしている彼らを見ると、そういうつもりではないとわかっているのについ、責められているような気がしてきてならなかった。彼らのためにも早く元気にならなければ、と思えば思うほど、ずきずきと胸が痛む気がした。
誰かに、許して欲しかったのだ。許されるわけがないとわかっていたから、尚更。そしてシンは今、自分を許してくれている。ずっと待ち望んでいたはずのその言葉を、しかしキラは素直に受け入れることが出来なかった。シンは優しすぎる。
「違うよ。シンは優しいから僕が許せるだけだ。それは同情と代わらない」
「キラさん…」
未だ自分の言葉を素直に受け入れてくれないキラを、シンはもどかしく思いながらも、同時にどうしようもなく愛しかった。キラのことを好きになったのは初めてあったあのビデオ屋の日で、最初は変なビデオを借りる変な客だと思い気になっただけだったが、顔を見てみるととても綺麗で、しかしその美貌に似合わない底の見えない紫色の瞳が気になった。まるで昔の自分を見ているようだとシンは思った。どこまでも深い瞳だった。よく見れば髪と眼の色が妹と似ていて、少し興味を持った。話し掛けてみれば予想外に戸惑った様子を示す彼を、可愛いな、と思った。一目惚れなんてろくなことがないとヨウランはシンに言った。しかしシンは今、その言葉は間違いだと確信する。底の見えない深い瞳が、日を追うごとに明るくなっていく様子を見て、シンはなにがあってもずっと彼のことを好きでいようとそう思った。
「それを言うならオレだって、今までろくなことしてないですよ」
突然のシンの言葉に、キラは顔を上げて首を傾げた。
「いっつも喧嘩ばっかりしてて、補導されることもあったし…中学だって殆ど行ってなかったし、勉強だって、したことないです」
「…そうは見えないけど」
キラは言う。シンは苦笑しながら続けた。
「本当ですよ。高校だって入れないはずだったんですけど、援助金が出て入れることになったんです。本当は行く気なかったんですけど…でも他にすることなかったので。まあ行ったところで勉強なんてしてなかったんですけどね」
「だからあんな点数取るんだよ」
出会った頃に見たシンの成績表を思い出したらしく、キラはくすりと笑った。シンはそっとキラの手を握った。ずっと外にいたからだろうか、ひんやりと冷たい。キラは驚いてシンの顔を見るが、シンは微笑むだけで答えない。
「でもオレ、これからちゃんと勉強します」
「どうして?」
「キラさんに釣り合うような男になりたいから」
ぐ、とキラが息を呑んだ。困ったように眉根が寄る。
「シン、まだ」
「オレ、諦めません。諦められるわけないじゃないですか」
「…シン、」
ぎゅっと強く、シンはキラの手を握る。また断られるかもしれない、とシンは思った。ずっとキラを好きでいよう、その決心は変わらないが、しかし何度も振られるのは正直きつい。
しかしシンは確信していた。きっとキラは、首を振らない。
「キラさん、オレのこと嫌いじゃないんでしょ?」
シンの言葉にキラは少し驚いたような顔をしたが、静かに頷いた。予想通りの返答に、シンは微笑み言う。
「じゃ、帰りますか、オーブに」
立ち上がり、キラの手を引いた。外はもう暗くてシャトルは出ていないかもしれない。キラもシンに手を引かれるわけではなく自分から立ち上がり、歩き出すシンの隣に並んだ。
もう誰かを好きになることはやめよう、と、キラは思っていた。だからシンが告白してくれたとき、とても困った。シンのことは好きだったけど、でもそれを伝えるのが怖かった。シンが全てを知った上で、それでも自分のところにいてくれるとは思わなかったのだ。しかしシンは、自分の話を聞いてくれた。そしてその上で、自分のことを許してくれた。
「僕のうち、来る?」
幸いシャトルはあったのだが、オーブに到着したのはもう0時を軽く回ったところで、バスもタクシーもなく困ったキラは、シンにそう言った。キラの家はここから近い。シンは喜びながら頷いた。キラもシンと同じく一人で暮らしていたが、そのマンションはシンの部屋とはまるで違う高い高い場所にあり、しかも広かった。ふかふかのソファーに座り一息ついたところで、キラはゆっくりを口を開いた。
「キミには全部、話そうと思う」
キラはそう言うと、唐突に上着を脱ぎ始めた。
「き、キラさん!?」
シンが驚いて声をあげるが、キラは何も言わずに脱ぎ始める。ぱさり、ぱさりと衣服がソファーに落ちた。上の服を全て脱ぎ終わったところで、シンはようやくその身体に気づいた。
「…それ、」
キラは恥ずかしそうに、しかし微笑んだ。キラの身体は傷だらけだった。小さなものから大きく深いものまで背中や胸に多数の傷があり、特に目立つのは腕の傷だ。シンははっと気づき顔を上げた。
「じゃあ、いつもジャージ着てたのも、」
「うん、見えないってわかってても、気になっちゃって…」
キラの学校は学ランだった。ならば中はTシャツだったのだが、それでは腕の傷が見えてしまうと思い、キラはいつもジャージを着ていた。最初はセーターを着ていたのだが、それだと夏は暑すぎたため、ジャージにしたのだ。
「全部話すって…このことですか?」
「ううん」
キラは首を振る。そしてそっとシンの腕を掴むと、その手で自分の腕を握らせた。シンは首を傾げる。
「ぎゅって力入れてみて」
「え、でも、」
「いいから」
キラに言われるがままに、シンは手に力を込めた。
「もっとだよ。大丈夫」
キラが静かに微笑むから、シンは込めた力をさらに強める。シンは喧嘩で鍛えた力があるため、全力で握っている今、キラは物凄く痛い思いをしているのだろうと思ってた。しかしキラは、涼しげに微笑んでいる。シンは手を離した。腕には赤く跡が残ってしまったが、キラはまるで痛みを感じていた様子がない。
「…まさか、」
「感じないんだよ、何も」
キラは悲しそうに微笑み、言った。
「感覚がね、鈍いんだよ。手のひらは大丈夫だけど…肩から腕にかけてが特に酷くて…」
「その傷の、所為ですか?」
「病院に通っても、よくわからないって。多分この傷と、精神的なものだって言ってたけど、」
キラの言葉に、シンははっと顔を上げた。
「…まさか、月曜の午前中、」
シンの予感は的中した。キラは微笑む。
「通院してたんだ。あんまり意味ないけど、アスランがうるさくって」
「そう、だったんですか」
キラはいつも、病院が終わった少しの時間にビデオを借りに来ていたのだろう。だから制服を着ていたし、遅刻しても怒られなかったのだ。
突然のキラの話に驚きを隠せずにいるシンに、キラは静かに言う。
「ごめんね、シン。こんな僕で。…幻滅したでしょ」
「そんなわけないじゃないですか」
「シン、」
シンはソファーに転がっていたキラの上着をそっとキラの肩に掛けた。そしてそっとキラの手をとり優しく握る。
「オレは、キラさんのことが好きです」
「でも僕、こんな傷だらけだし、」
いつの間にかキラは、はらはらと涙をこぼしていた。シンは優しく微笑みながら言う。
「そんなの関係ないです」
「人が沢山いるところにもいけないよ。遊びに行くことだって出来ない」
「じゃあ2人で遊べばいいじゃないですか。オレはキラさんがいればいいです」
シンの瞳はどこまでも優しくて、キラは涙が止まらなかった。
「腕だって、キミに触れられてもわからないんだ」
「じゃあ腕じゃないところを触ります。それか、わかるようになるまで触ってあげますよ」
「でも、」
「キラさん、大好きです」
シンは静かにキラの腕を引き寄せ、そのまま身体を抱きしめた。ぽたぽたと零れる涙がシンの胸元を濡らす。シンはそっとキラの髪に口付ける。
「…ありがとう」
きつく抱かれるその腕の中で、キラは静かに目を閉じた。