突然キラが立ち上がり、扉に向かう。この部屋は外からロックされているから出られるわけがないのだが、キラは端末をキーに繋ぐとカタカタと何かを打ち込み始めた。嫌な予感がしてオレはキラに近寄る。が、すぐにピピピと音がなりロックが解除された。そんな馬鹿な。キラは構わず扉を開く。
「おい、」
オレはキラを引きとめようと右腕を掴んだ。が、それは容易に振り払われ、キラは廊下に飛び出した。オレは暫く呆然と振り払われた右手を見ていたが、廊下の奥からキラの声が聞こえ、急いで部屋を出た。
「レイ!」
キラが名前を叫ぶと、廊下を歩いていたレイはとても驚いた顔をしていた。両手に持っていた荷物を隣にいたクルーに預け、レイはキラの手を取り休憩室に入る。
「何をやっているんですか、貴方は!シンなら貴方の部屋にいるでしょう」
レイの声が聞こえる。あのレイがここまで大声を張り上げるなんて、普段では絶対に考えられないことだ。キラはそれには答えずに言った。
「評議会から、僕用にお金が下りてきてるって、本当?」
キラがそう言うとレイははっと息を呑んだ。キラは、知らなかったのか。自分が何故この艦で優遇されていることを。もしかしたら薄々感づいていたのかもしれないが、だがやはりオレの所為か。
「何やってんだよ」
入り口に凭れ掛るように立ちオレは言った。レイもキラも、驚いた顔でオレの方を見ている。
「声、外まで聞こえてるぜ」
キラはレイを見る。レイはキラと目を合わせないように、オレの方を見ていた。キラは掴んでいたレイの襟首を離すと、入り口に向かって歩き出す。
「キラ、」
レイが名を呼ぶ。
「部屋に戻るんだよ」
キラは無理矢理オレの腕を引く。意外に強いその力に腕が痛かったが、オレは何も言わなかった。キラは、レイの方を一度も見ることなく部屋を出て行った。
部屋に戻って早々、キラは何も言わずにベッドに倒れこんだ。苦しそうに肩で息をしている。嫌な予感がして、オレはベッドの端に腰掛けた。
「あんた、大丈夫か?」
キラの額に触れた。熱は無い。けれど苦しそうに胸を押さえて縮こまっている。
「なんでもない。この部屋に、誰も入らないようにして」
突拍子もないキラの言葉にオレは首を傾げる。
「は?レイも、か?」
「お願い」
そう言ったところで、キラの意識は途切れたらしく、ぱたりとベッドに腕が落ちた。
キラの頬に触れる。先程まで大量に出ていた汗は何事も無かったかのように引いており、キラの顔も安らかだ。オレははっとしてキラの首元に手を当てる。脈がない。
「…これは…停滞!?」
キラにはつい意地悪なことを言ってしまったが、本当は艦長も議長も、キラの望みどおりにさせるとは言っていない。評議会から金が下りているといっても、ほんの微々だるものだ。だがしかしキラはそれを知らず、そして止まってしまった。
ピピピと音が鳴り、扉が開く。
「…シン、」
レイだった。やはりキラのことが気になり追いかけてきたのだろう。
「部屋に入るなよ」
「…何だと?」
「キラの命令だ」
オレがそう言うと、レイは出していた足を元に戻す。オレは立ち上がると廊下に出、扉を閉めた。
「キラはどうした」
レイは尋ねる。恐らくは言わずとも感づいているのだろう。けれどオレは教えることができない。
「寝てるよ」
「寝てる、だと?」
「そ」
オレがにこりと笑うと、レイは怪訝そうな顔をする。そしてオレの腕を掴むと、先程の誰もいない休憩室まで引っ張った。
「…なんだよ」
オレはどかりとソファーに腰掛ける。レイも座るよう促したが、レイは座ることはせずにオレを見下ろしたまま言った。
「彼は特殊な病気を抱えている。それが再発すれば命はないかもしれない」
「へぇ、病気」
軽い調子で返せば、レイの眉間に皺がよる。オレはレイがなぜあんなにもキラの固執するのかを知らない。レイとキラの間になにがあるのかも知らないし、キラがどうして艦内で優遇されているのかも知らない。けれど、停滞に関してはレイよりも確実に知っている。
「シン、キラになにかあったら必ず言え」
「だから、あいつは寝てるだけだって言ってんだろ」
だからこれ以上話すことはないよ。オレは立ち上がり、休憩室を出る。レイに何か言われるかと思ったが、何も言わなかった。
レイとはアカデミーからずっと一緒で、オレもレイもアカデミーではいつも独りだったからいつの間にか2人でつるむようになっていた。けれど、2年間一緒に過ごしてきたけれど、オレはレイのことを何も知らない。だからあのレイがキラのことであんなに必死になる理由だってわからない。想像もつかない。けれどレイ、お前はいいじゃないか。だってお前には、自分のことを待っていてくれる人がいるんだろう。だけどオレにはもう何も無い。
部屋に戻るが、キラはまだ止まったままだ。
「早く起きろよ。なんでオレがあんたのこと知ってるか、教えてやるから」
呟くが、キラに聞こえるわけがない。停滞している間は、外で何があったとしても本人に意識はまったく無いのだ。さらりと頬を撫でる。この感触さえ、キラは気付かない。