03 one by one

「あら、キラさんはやらないんですか?」

ルナマリアに問われ、キラはぎくりと肩を揺らした。


あれから数日が経ち。ミネルバという戦艦に乗ることになったザラ隊の面々は、演習の内容も白兵戦からMS戦に移りはじめ、シン達もだんだんと軍人になったのだという実感がわいてきた。一応赤服を着ている彼等はアカデミーでの成績も上位にあり、MSのシュミレーション戦も得意としてきたのだが、しかし隊長であるアスランに勝つことはできなかった。

一通りシュミレーションで対戦をした後、残りの時間は個人練習をするということになったのだ。


キラの額からたらりと汗がたれた。先刻の対戦の時もそうだったが、キラは一度もシュミレーターの席に座ることはなかったのだ。同じ赤服を着ているのにキラだけMSに乗らないなんてことはないのだから。

「えーっと、僕は…」

実力差がありすぎるから、なんてことは言えずどうしようかと困っていたキラに助け舟を出したのは、アスランだった。

「キラはまだ入隊したばかりだからな。いきなりオレ達とやるわけにはいかないだろう。とりあえず今日は見学してもらうことにした」

「そういうことだったんですね」

アスランの返答にルナマリアは納得したのか、多少の不信感を抱きつつも自分も個人練習に戻った。


演習の結果はいつも通り、アスラン、シン、レイ、ルナマリアという順位になっている。

「あーん、また私が一番最後じゃない」

そう嘆く彼女はザラ隊に入ってから一度も最下位を脱出したことがない。

「…あら、シンは?」

先刻までとなりで特訓していたはずのシンの姿が見当たらず、ルナマリアはレイに尋ねた。そういえば、アスランとキラの姿も見えない。

「さあな」

しかしそんなこと、レイにとってはどうでもいいことなのだ。そっけない返答に、ルナマリアは溜息を吐いた。

「ま、いいわ。キラさんには負けないように頑張りましょーっと」

意気揚々とシュミレーターに向かうルナマリアに、それは無理だと思うが、と思わず言いそうになったレイは、慌てて口を塞いだ。



その頃シンとキラは、アスランに呼び出され部屋の外に出ていた。

「…なんですか」

「いや、用があるのはキラなんだ」

不機嫌そうな顔でシンに言われ、アスランは焦る。仕方が無いのだ。何故なら

「お前も呼ばないと、キラが来てくれなくて…」

「そんなことどうでもいいです」

これは相当に機嫌が悪いな、とアスランは思った。原因は先刻のシュミレーター戦だろう。実践ではないとはいえ久々にキラの前でMSに乗るのだ。かっこ悪いところは見せられないと思い、少々張り切りすぎたのがいけなかったのかもしれない。心に悪いことをしたな、と思うが、しかしそれを謝ることはしなかった。

「で、話ってなに?アスラン」

話を切り替えてきたのは、キラの方だった。アスランも気を取り直し、キラの方に体を向け問う。

「それなんだが…お前、シュミレーションどうする?」

「?」

アスランの質問に、キラは首を傾げる。どうするもこうするも、赤服を着て軍に入ってしまったのだから参加する他はないと思うのだが。尚も首を傾げるキラに、アスランは続ける。

「まあ2年のブランクがあるとはいえ、お前がいきなりオレ達とやっても実力差がありすぎるだろう」

「そうかな?みんな強いと思うけど、」

特にシンなんかは、実践に出ればすぐにアスランと同じくらいのレベルにまで達しそうだ、とキラは思った。これは惚れた欲目でもなんでもなく、純粋な、MSパイロットとしての評価だ。しかしアスランは、それを単なるお世辞ととったらしい。

「まあそういうことだから、考えておいてくれ」

溜息交じりにそう応え、未だ訓練を続けているルナマリア達の元に行ってしまった。


「シン、大丈夫?」

「…何が」

先刻からずっと厳しい表情をしているシンにキラは尋ねるが、シンの答えはそっけない。

「だってシン…」

しかしそれに続く言葉はなかった。キラにはシンがどうして機嫌が悪いのかがさっぱりわからないのだ。シンは尚も機嫌が悪そうに、キラの方を向く。

「だって、何だよ」

「…なんでもないけど、」

キラがそう言って黙り込むと、シンはまるで睨みつけるような視線をキラに送り、言った。

「あんた、オレ達相手に手加減するつもりなのか?」

「…それは、」

手加減、という言い方は悪いが、しかし本気を出せばおそらく勝負は一瞬でついてしまうだろうとキラは思った。それはシン達が弱い所為でもなんでもないのに、キラは答えることが出来ず黙り込む。

「…隊長も、」

「え?」

突如出てきたアスランの名前に、キラは驚いて顔を上げた。シンは逸らすことなくキラを見つめている。

「隊長も、今まで手加減してきたってことだろ!」

「…そういうわけじゃ、ないと思うけど、」

シンの言葉に、キラは漸く理解した。先刻の模擬対戦でアスランにいつも以上の力の差で負けてしまったことが、普段のアスランは手加減をしていた、と取れてしまったのだろう。キラから見れば、今日のアスランは全て本気とは言わないが、それでも危ない場面は多々あって、むしろシンは喜ぶべきだと思ったのに。

「ないわけないだろ!今日の試合、オレなんてまるで歯が立たなかった」

「そんなことない、シンだって、」

「慰めんなよ!」

「…ごめんなさい」

怒鳴られて、キラは思わず謝った。勘違いしてはいけない。キラが好きなのはシンだけれど、シンがキラを好きというわけではないのだ。むしろ突然やってきた自分を疎んでいるはずなのだから。

素直に謝ったキラを見て、シンもほんの少し冷静になったのか黙り込んだ。

「でもね、シン」

これだけは、どんなに疎まれても伝えたかった。

「アスランもシンも、同じザフトの赤服だけど…アスランも僕も、キミたちより2年は早くMSに乗っていたし、実践に出た経験も沢山あるんだよ。シュミレーターと違って、実践の方が何倍も、何十倍も難しくて厳しいことなんだ。それは、仕方の無いことなんだよ」

「…わかってるよ」

わかっているけど、それでも悔しい。シンはぐっと右手を握り締めた。そうでもしないと、また怒鳴ってしまいそうだから。反してキラは静かに続ける。

「シンがもっと努力して、今のアスランに追いついたとしてもアスランだってその間に沢山特訓をして、どんどん先に行ってしまうんだ」

「じゃあ何だよ、今すぐ実践に出ろって言うのか!?2年も遅く生まれてきたオレには、一生あんたを倒せないって、そう言いたいのかよ!」

「そうじゃ、ないけど」

「じゃあどうしろっていうんだよ」

泣きそうな声でシンは叫んだ。

どうして力が欲しいのだろう、とキラは思う。そしてすぐにそれは、僕を倒すためなんだなと気付いて、少しだけ、悲しくなった。

「…シンは、強くなりたいの?」

「ああ」

「強くなって、僕を倒すの?」

「…そうだよ」

「そっか」

予想通りの答えに、涙は出なかった。聞きなれたその言葉に、ほんの少しだけ、胸が痛んだ。




「おい、早く髪乾かせ!もう寝るぞ!」

シャワー室から出たままタオルも持たずにぼおっとしているキラを見て、シンは怒鳴りつける。油断して乾かさないまま寝かせてしまうと、次の日頭が痛い、とか、寒いとか言い出すのはキラなのだ。

「水滴たれてる!何やってんだよ!」

シンは自分が使っていたタオルをキラに向かって投げつけた。

「っわ、」

キラはそれを、見事に顔面でキャッチする。

「何ぼさっとしてんだよ。床が濡れたらだれが掃除すると思ってんだ」

「…ごめんなさい」

もちろん掃除をするのはシンだ。はじめはキラが張り切って掃除をすると意気込んでいたのだが、キラに任せるとなぜか片付けているはずの室内がどんどんと散らかっていくので、シンはキラに掃除をさせることは諦めた。

キラは顔面で受け止めたタオルを頭に乗せる。が、視線はどこかさ迷っていて、何か深く考え込んでいる様子だった。

「謝るなら早く髪を拭け!」

シュミレーターで練習をしていた所為で、終身時刻が普段より2時間も送れてしまった。早くキラを寝かせないと、明日は確実に寝坊してしまう。

ベッドの上に座って、髪を拭くキラを眺める。キラはやはり何か考え事をしているようで、一応手は動いているもののあまりにもゆっくりすぎて、乾いた頃にはもう夜が明けているかもしれない。

「…おい、あんた」

「…」

返事はない。シンの言葉は届いていないらしい。

「おい!」

シンが怒鳴ると、ようやくキラははっと顔を上げた。

「…何考えてんだよ」

「別に、なんでもないよ?」

そう言ってキラは微笑む。いつも通りの顔だった。



夜が明ける。目覚まし時計を使わないシンは、今日もいつも通りの時間に目を覚まし、時計で時刻を確かめる。

「…おい、起きるぞ…」

まだ完全には開かない瞳を擦りながら、手探りで隣で寝ているであろうキラを探す。しかしいつもならすぐに見つかるさらさらの髪が、今日に限ってなかなか見つからず不思議に思いシンは隣を見る。そこには誰もいない。

「…え?」

おかしい、と思いもう一度ベッドの端々まで見てみるが、あるのはぐちゃぐちゃに乱れたシーツと、おそらくキラのものであろう着替えの痕跡だけ。当の本人の姿はどこにも見当たらなかった。

「…どこ行ったんだよ、あいつ!」

そう言って立ち上がると、シンは早々と着替えて部屋の外に出た。



まず最初の心当たりとして、シンは食堂に向かった。多分あり得ないだろうけれど、もしかしたらおなかが空いて先に目を覚ましたのかもしれないと思ったからだ。

食堂の入り口から中を見回すが、そこにキラの姿はなかった。

「…いない」

「誰が?」

「うわっ」

独り言に返事を返され、シンは驚いて振り返る。そこにいたのは、缶ジュースを片手に持ったルナマリアだった。

「何よ、失礼しちゃうわね」

「悪い。…なんか用か?」

「キラさんは?一緒じゃないの?」

ルナマリアに問われ、シンはぎくりと肩を揺らした。

「別に、いつも一緒ってわけじゃ、」

「いっつも一緒じゃない」

その通りだった。キラが隊に入ってからというもの、どこに行くにもシンと一緒だったのだ。そういえば一人で廊下を歩くのも久しぶりな気がする。

「今朝から食堂にいるんだけど、キラさんちっとも来なくって…シンと一緒だと思ってたんだけど」

「来てないのか?あいつ」

「ええ。私結構前からここにいるけど、見かけてないわ」

そうか、と言い、シンはルナマリアと別れた。食堂に来ていないということは、恐らく朝食も食べていないのだろう。

「…どこ行ったんだよ」

そう呟いて、シンは食堂を出た。



「レイ!」

射撃訓練所にやってきたシンは、その奥にレイを見つけ駆け寄る。

「どうした」

「あのさ…えーっと、あの、」

「キラヤマトか?」

「…そう」

何故わかったんだろう、とシンは思う。レイはいつも欲しい言葉をくれるから、一緒にいて安心するのだ。レイは小さく溜息を吐いて言う。

「ここには来ていないが」

「…ここでもないのかよ」

シンの返答を聞き、レイは首を傾げた。

「探しているのか?」

「いや、別に、そういうわけじゃ、」

なんとなくキラを探していることを他人に知られるのが嫌で、シンは思わず言葉を濁す。素直じゃない同僚の言葉に、レイはまた溜息を吐いて言った。

「シュミレーターの部屋は」

「もう見た」

「食堂や、休憩所は」

「見た。廊下も見たし、使われてない部屋も見た」

ブリッジにも顔を出したし、屋上も、外も見た。それでもキラはどこにもいない。

「じゃあ隊長のところじゃないのか」

「…見てない」

「行けばいいだろう」

「……」

シンは黙り込んだ。先刻とは違うシンの反応に、レイは首を傾げる。

「行かないのか?」

「別に、そこまでして探してないし」

「廊下の隅々まで探したのに、隊長のところには行かないのか」

「隊長だから行かないってわけじゃねーよ!」

思わずシンは声を荒げる。が、本当はレイの言う通り、アスランの部屋だから行けないのだ。怖いのだ。キラがもし、アスランのところに行っていたら。それを自分の目で確認するのが怖かった。キラのことが好きかと問われると、シンにはまだわからない。でも、キラが他人のところに行ってしまうのだけはどうしても我慢できない。

「…キラヤマトと喧嘩でもしたのか?」

このままじゃ埒があかないと思い、レイは違う質問をぶつけた。

「何でだよ」

「キラヤマトがお前から離れることはない、と聞いていたからな」

「な、誰から、」

予想外のレイの言葉に、シンの声が思わず上ずる。もしそんな噂が軍内で流れでもしたらこの先やってはいけないだろう。次第と青ざめていくシンを他所に、レイの口から出たのはシンが予想もつかなかった人物で。

「ギルだ」

「な、なんで議長が知ってんだよ!!!」

レイが議長と仲が良いことはシンも知っている。だから、議長がシンとキラの関係を知っているなんてあり得ないんじゃないのかとシンは思う。

「ギルは隊長から聞いたそうだ」

「…もういいや…」

あの隊長なら仕方が無い、と最近思えてくるようになった自分が嫌だとシンは思う。キラが来てから、シンの中のアスランのイメージは大幅に変わってしまった。

「というか、部屋で待ってればいいだろう。軍服に着替えて行ったということは、また戻ってくるつもりなのだろうから」

「それもそうだよな…」

真っ当なレイの言葉に、シンは溜息を吐きながら訓練場を後にした。


しかしその夜、キラは帰ってこなかった。


「レイー」

シンの部屋から少し離れた場所にある、レイの部屋の前に着く。ドンドンと扉を叩いて名前を叫ぶと、すぐにレイは出てきた。

「…何だ、こんな時間に」

心なしか怒っているようにも見えるが、シンは気にしない。

「ヒマだから来た」

「キラヤマトは」

「…」

シンは答えない。レイはシンの無言を肯定と取った。

「帰ってこないのか」

「部屋入るぞ」

レイの言葉を遮るようにそう言って、シンは勝手に室内に侵入した。


レイの部屋に入るのは久々だ。殆ど始めてといっても相違はない。

「うわ、お前部屋綺麗だな」

シンと同じく2人部屋を一人で使っているレイの部屋は、シン達の部屋と違い物が散乱しておらず、机も綺麗に整頓されている。

「これが普通だ」

「酒とかねーの?」

「ない」

勝手に戸棚を開いてみるが、中には何も入っていなかった。

「なんだよ、お菓子もないのか」

「そんなもの食べない」

「なんだ、つまんねーの」

そう言うとシンは、あいている方のベッドにどさりと倒れこむ。

「…ならば帰ればいいだろう…」

シンから返事はない。


レイは静かに溜息を吐くと、自分のベッドに腰掛けた。

「キラヤマトは、お前の仇なのだろう」

「…そうだよ」

俯きながら、シンは肯定した。


シンの家族がオーブの戦で亡くなったことは、随分前に聞いていた。フリーダムのパイロットを憎んでいるということも。レイとシンは、アカデミーに入学当初からの仲だった。性格は正反対に見えるが、お互い他人を気にしないところが合ったのだろう。いつの間にか2人でつるむようになっていて、それから少ししてその中にルナマリアが加わったのだ。

ルナマリアも2人と同じで他人を全く気にしないが、シンやレイとは少しタイプが違うらしく、同年代や後輩にファンが多かった。シンやレイが孤立せずにやっていけたのは、ルナマリアのお陰なのかもしれない。もちろん2人とも、だからといってルナマリアにお礼を言うような性格ではないのだが。


シンはベッドから起き上がると、レイと向かい合うように腰掛ける。

「…でもオレは、もうあの人を殺せないんだ」

そして静かにそう答えた。レイはシンが決して嘘をつかないことを知っているから、おそらくこれも真実なのだろう。

「何故だ。あれほど憎んでいただろう」

「そうだよ。憎いけど、」

シンは両膝の上で組んだ手のひらをぎゅっと握った。レイは静かにシンの言葉を待っている。

「オレにはもう、あの人しかいないんだ」

「どういうことだ」

レイは首を傾げた。シンはじっとレイの瞳を見て言う。

「オレはあいつを倒すためにザフトに入った。あいつを倒すために、力が欲しいんだ」

レイは頷いた。それはレイも知っている。だからこそ、あれほどキラヤマトを倒すため力を欲した彼が、何故キラヤマトと一緒にいるのかがわからない。

「…でもあいつは、」

シンは思い出す。キラと初めて会ったとき、なんだこの変人は、とシンは思った。同じ言葉を喋っているのに、まるで外国語を聞いているみたいな感覚。

『シンが僕をいらなくなれば、僕は死んだって変わらない』

そう言った彼の瞳はどこか悲しそうで、それでも微笑むキラに、シンはほんの少しだけ苛々した。自分とキラは同じだ、と、直感的にシンは思った。だからこそ、悲しい瞳で微笑むキラが嫌いだった。

「あいつがいないなら、オレが生きる意味はない」

そういうことなんだろう、とシンは心の中でキラに尋ねる。悲しむなら、言わなければいいのにと思った。そうすれば悲しい瞳をすることもないし、無理矢理微笑む必要もないのに。でも一番苛々するのは、わかっていながらもついキラを悲しませてしまっている、自分自身の態度だ。

「なのにオレは、あいつに酷いこと言った」

「なんて言ったんだ」

「強くなって、あんたを倒す、って」

「…別に、普通だろう」

レイは拍子抜けしたように答えた。それにキラは、シンがキラを倒したがっていることを知っているのだと聞いていたからだ。今更シンにそういわれたところで、部屋を出て行くほどにまで悲しんでいるとは思えない。

「でもあいつ、その後からずっと何か考え込んでて…おかしかったんだ」

「お前の言葉に傷ついたのか?お前のために、死ねるという奴が」

「わからないけど…でも、それしか原因は、」

堂々巡りだ、とレイは思う。本来ならばあまり関わらないのだけれど、これはもう自分が動くしかないらしい。

「キラヤマトは、隊長のところにいるのか?」

「…多分」

しかし認めたくないのだろう。シンは俯く。レイは小さく溜息を吐いて立ち上がった。

「仕方が無い、オレが行ってきてやる。だからお前は部屋に戻れ」

「…レイ、なんで、」

シンは驚いた様子でレイを見る。シンの知るレイは、こんな面倒ごとに自ら首を突っ込んでくれるような人物ではないのに。

「…オレも、聞きたいことがあるからな」

キラヤマトに。若しくは、アスランザラに。

レイは手早く軍服に着替え、シンを部屋に押し返すとアスランの元へと向かった。



「隊長、おりますか?」

扉のブザーを鳴らし、レイは尋ねる。もしかしたら寝てしまったかもしれない、と思ったが、間もなく扉は開かれた。

「…レイか?どうした」

どうやら仕事をしていたらしい。アスランは未だ赤服を着用しており、突然の訪問者に驚いた顔をしていた。

「少し伺いたいことが、」

「何だ?…まあいい、入ってくれ」


部屋に通されて、レイはちらりと室内を見回す。隊長の部屋はシンやレイの部屋とは違い一人部屋で、少し広い。レイは不自然にならない程度に部屋の中を見回すが、そこにはアスラン以外の人間がいたような痕跡はなく、書類が机の上に散らばっているだけだった。

「で、聞きたいこととは?」

レイはアスランに促され、イスに腰掛ける。そして単刀直入に尋ねた。

「キラヤマトが、こちらに居ると思ったのですが、」

「ああ、キラか」

アスランはそう言うと、奥から持ってきたカップをレイに手渡し、自分はベッドに腰掛けた。

「シンに頼まれたのか?」

「頼まれたわけではありません」

誰かがキラを探しに来ることは、アスランにとって想定の範囲内だったのだろう。それがシンではなくレイだったので、アスランは少し驚いている様子だった。

「私が勝手に探しに来ました。私も彼に、聞きたいことがあったので」

「聞きたいこと?キミが、か?」

驚いたようにアスランは言った。

「面識は無いと思っていたが…」

「ありません」

素直にそう答えるレイに、アスランは不思議そうな顔をする。

「何を聞くつもりだ?…いや、嫌なら言わなくても構わないが、」

「彼が何故シンを選んだのかが知りたいのです」

「ああ、そういうことか…」

レイの答えに、アスランは会得がいったように頷いた。レイは続ける。

「失礼ですが、彼にはまだ2年前に共に戦った仲間や、あなたがいるでしょう。それなのに、何故シンに、」

レイの言葉を、アスランは黙って聴いている。

「彼はシンに、もうシンしかいないと言ったそうですが」

「そうか」

「彼がそうまでして、シンと一緒にいる理由がわからない」

そして、そうまでしてシンに縋る理由も。シンは家族を失い一人国を出て、フリーダムのパイロットを倒すことのみを目標にしてきて生きてきたから、シンがキラを選んだ理由はわかる。が、キラがシンを選んだ理由が、レイにはどうしても理解できなかった。あの頃のシンには他に誰もいなかった。けれど今のキラにはアスランがいるのに。

答えを求めアスランの顔を見ると、アスランは苦笑する。

「…それは、オレの口からは言えないな」

「何故です」

「オレが悲しいからだ」

どこか誇らしげに答えるアスランに、レイは首を傾げた。隊長はこんな人物だっただろうか、とレイは思う。キラが来てからのアスランは、今までのクールなエリート隊長ではなく、どこか人間味が出てきていて驚かされる。

「…シンにはすまないことをしたな」

アスランは言ったが、突然のことにレイには何のことを言っているのかがわからなかった。レイの反応が無いことに気付いたのか、アスランは思い出したように付け足す。

「キラの奴、置手紙もしなかったのか」

「キラヤマトがどこにいるか、知っているんですか」

アスランは答えない。が、レイはそれを肯定と受け取った。

「キラヤマトは何処に、」

「それは言えない」

「何故ですか」

「怒られるからだ」

意外な理由に、レイは少し拍子抜けした。ということは、キラヤマトはやはりシンに会いたくなくて隠れているのだろうかとレイは思った。

「キラヤマトに怒られるのですか?」

「ああ」

アスランは頷く。

「シンが知りたい、と言ってもですか」

「…シンのためなんだ。もう少し待ってくれ」

意味深な言葉に、レイは首を傾げる。

「シンのため…ですか」

「そうだ。キラのことだから、あと半日もあれば終わるだろう。…そうだな、シンには明日の昼過ぎにでも戻ると伝えておいてくれ」

「終わるって、何が終わるんですか」

「明日になればわかる」

そう言うとアスランは、もうこれ以上話すことはないというように机の上に散らばっていた書類を片付けはじめた。これ以上聞いても答えてもらえないな、と思い、レイは部屋を後にした。



「どうだった?」

そのまま部屋に帰って眠ろうと思っていたレイだったが、部屋の前にはシンが立っていた。部屋にはロックがかかっていたので、レイがアスランの部屋に行ってからずっとここで待っていたらしい。レイの帰還に嬉々としてかけよってくる。

「…隊長の部屋にはいなかった」

「え!?」

シンは相当驚いた様子だった。アスランの部屋にいないということは、益々キラがどこにいったのかわからなくなってしまう。落ち込むシンに、レイは首を振った。

「隊長はどこにいるか知っているようだ。…教えてはもらえなかったがな」

「…なんだよそれ…」

「だが明日の昼過ぎには帰ってくるらしい。だからお前ももう寝ろ」

じゃないとオレが眠れない、とレイは思った。明日が休みで良かった、と。このままだと寝坊は確実だからだ。

「明日の、昼?」

「そうだ。わかったなら部屋に戻れ。じゃあな」

いい加減眠たくなったレイは、シンにそう言うと自室の扉を開く。シンはまだ何か言いたそうにこちらを見ていたが、レイはそのまま扉を閉めた。


シンがまだ何か言ってくるかもしれないと思いレイは暫く扉の前で待っていたが、何も言ってこないということは自分の部屋に戻ったのだろう。レイはようやくベッドに入った。