「シンアスカ」
眠い目を擦りながらとぼとぼと歩いていると、後ろからフルネームで呼び止められる。シンがゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのはシンが所属する隊の隊長、アスランザラだった。
「た、隊長!?なんか用ですか?」
シンは、いかにも生真面目そうなアスランがとても苦手だった。彼の言葉はいつも的確で正しい。だから自分の力の無さをいつも思い知らされる。
アスランの方はというと、シンのまるで気を使う様子の欠片もない言葉遣いに頭を悩ませていた。シンの言葉遣いは上官に対するものとは思えない台詞ばかりだが、軍に入ってなおそれが直らないということは他の人は注意していないのだろうか、とか、唯でさえ嫌われている節があるのにこれ以上うるさく注意したらさらに嫌われて、隊長としてやっていけないのではないか、というようなことがぐるぐると脳裏を過ぎる。
「…隊長?」
「ああ、すまん」
つい考え耽っていたアスランを、不審な顔でシンは呼ぶ。アスランはごほんと咳払いをすると、静かに本来の用件を話し始めた。
「…その、キラが…お前のところにいるだろう?」
シンの肩がぎくりと揺れて、アスランはやはりと納得した。昨日赤服を着たまま飛びだして行ったキラが戻ってこないということは、シンと和解してシンの部屋に泊まったということなのだろう。一応キラの保護者を自認しているアスランとしては、キラがどこにいるのか把握しておかなければならないのだ。というのは建前で、本音は単にキラがどこにいるか知りたいだけだ。
(…共犯は隊長かよ)
シンは驚きのあまり言葉を失っていた。キラ云々よりも、彼の共犯者がアスランだということに驚きを隠せない。シンの知るアスランは大戦での英雄で、いつもクールで的確な正にエリートという言葉が相応しい男だ。彼と親しい人間がいるなんて聞いたこともないし、それに、そんなアスランがあんな意味のわからないちゃらんぽらんな男に力を貸しているなんて、考えられない。
「…シン?」
「あ、すんません。…アイツなら今オレの部屋で爆睡してますけど」
シンの言葉に、アスランはまた溜息を吐いた。
「そうか、眠っているか…。すまないな、迷惑だろう?」
「ええ、かなり」
即答されて、アスランは驚く。自分だったら、キラがもし自分の部屋で爆睡してくれるというのなら、それこそコロニー1つ買えるくらいの金は積める、と思っていたからだ。だがキラはいくら金を積まれたとしてもシン以外の人間の隣で寝ることなどなく、それを知らないからこそシンは、迷惑だなんて簡単にいえるのだろう、と、アスランは思った。
「本当はオレが預かりたいところなんだが、当の本人が、その…お前の部屋以外は行く気が無いらしくてな」
「…なんでオレが、」
本当に嫌そうな顔をするシンに、すこし良くない感情が胸を掠めたが、アスランは目を瞑ってそれに耐えた。シンは知らないのだ。キラがどれほどにシンを欲しているのかを。それを知ればもう、キラの傍から離れることなど出来ないのに。
「話は聞いただろう?」
「聞きましたけど…」
おそらくキラは、自分がシンの仇だということと、シンと一緒にいたいという要求しか提示していないのだろうとアスランは考える。シンに嘘をつけないキラは、おそらく支障の無い範囲で醜い言葉を隠しているのだろうから。
「…でも胡散臭くて…あいつ、本当に」
「キラはフリーダムのパイロットだよ。間違いなく」
「そう、ですか」
アスランの言葉に、シンは一言だけ返した。
正直アスランは、もしかしたらシンはキラを殺してしまうのではないかと考えていた。シンの過去は聞いているし、どれだけフリーダムのパイロットの存在を憎んでいるのかも、知っている。だから初めてキラから電話が来た時、いくらキラの頼みといえどもそれは出来ないと断ろうとした。だがキラは、彼は僕を殺さないよ、とよくわからない根拠で断言をして、間もなくプラントにやってきたのだ。あのキラがここまでするということは本気なんだろうな、と思いながらもアスランは「シンアスカを自分の隊に入れる」ということを条件に、キラがシンと会うことを許可したのだ。
アカデミー時代のシンのことはよく話に出ていたし、アスラン自身も教官として演習に参加したりしたこともある。優秀だが短気すぎるな、と思っていたアスランは、彼が自分の隊に入ってからも尚、その印象は変わっていない。
シンはちらりと時計を見た。もうすぐ演習が始まる時間なのだ。アスランもそれに気付く。
「もう時間か。…呼び止めてすまなかったな」
「じゃあオレは演習に行きますんで」
「ああ、それと」
一番重要なことを言い忘れていたのを思い出し、アスランは去り際のシンを引き止める。
「なんですか?」
「1日2回、必ず食事を与えてくれ!あんまり夜更かしはさせるなよ!風呂にもちゃんと入れるんだぞ!お菓子はあまり与えすぎずに…あと、キラは寝坊が多いから気をつけろ!」
怒涛の勢いで告げられたシンは、最初はぽかんとアスランを見ていたが、ぷ、っと大きく噴出して笑いながら「わかりました」といった。それじゃあまるでペットじゃないかと思ったが、しかしあれじゃあペットと大差ないかと思いなおし、シンはおそらく未だ眠っているであろうキラを起こしに自分の部屋に向かった。
キラがシンのところにやってきてから数日が経った。結局キラの共犯者がアスランであり、そのアスランがキラにベタ甘だということを知った今、シンには頼れる人など誰一人おらず、仕方なくキラと一緒の部屋で暮していた。元々2人部屋を一人で使っていたわけだし、キラ1人入ってくるくらいどうってことはない、と思っていたのだが、しかしキラとの生活は思いのほか困難を極めた。
「おい、アンタ!」
ばさっとシーツを剥ぐが、キラは「うんー」と唸るだけで目を覚まさない。
「起ーきーろ!」
それから剥いだシーツをキラの上でばさばさと動かすと、漸くキラは薄っすらと目を開いた。
「…なに…?」
「朝だよ朝!朝飯食いに行くぞ!」
「…ぼく、いらない。シンだけたべにいって」
キラが目を開いた隙に一気にまくし立てるが、しかしキラはそう呟くとまた目を瞑った。
「…隊長の言ったとおりだよ…」
アスランはシンに、ご飯をちゃんと食べさせてやれといっていたが、そんなことしなくても腹が減ったら勝手に食べに行くだろうと思っていたのだが、しかしキラはそうじゃなかった。シンはきちんと決まった時間に食事を取りに行くのだが、キラは大抵の場合寝てるか部屋で待っていると言って食堂に来ようとしないのだ。後から勝手に食べているだろうと思っていたシンだが、しかしキラはそれからずっとシンの傍に引っ付いているから、結局朝飯は食べていないということにシンは最近気付いた。それからというもの無理矢理キラを食堂に連れて行くようにしているのだが、朝に弱いらしいキラを起こすのは一苦労だ。
キラは今も尚、ベッドの端ですやすやと眠っている。
「あーもう、起きろよ。…置いてくぞ」
そう呟いた途端、もぞもぞとシーツを手繰り寄せていたキラの手がぴたりと動きを止めた。シンはここ数日で、キラが「置いていく」という言葉に弱いことも知った。
「やだ、まって、今起きるから、」
キラは慌てて起き上がるが、シンに剥がれたシーツを踏んでしまいまたベッドの上にひっくり返った。シンは大きく溜息を吐く。
「朝っぱらから何やってるんだよ…」
「ごめんなさい…あやまるから、置いていかないで」
涙目になりながら縋るキラに、ほんの少し申し訳ない気分になる。仇なのに。
「…わかったから、早く顔洗ってこい」
「はーい」
またシーツを踏まないよう慎重に立ち上がり、キラは覚束ない足取りで洗面所に向かった。
なんだかんだとやっているうちに朝飯時を過ぎたのか、食堂はそれほど混んでいなかった。シンは食堂の一番端にある人気のないテーブルにキラを座らせると、キラの分のプレートを持ち戻ってくる。
食堂の料理は不味くはないが、これといって美味しくもなく、シンは何も考えずに黙々と朝食を食べた。サラダに入っている人参が、いつもより少しだけ大きい。シンはふと、隣に座るキラを見た。キラは先程からつんつんとフォークで人参をつついて遊んでいる。
「残すなよ」
「…」
ぴたり、とキラの手が止まった。おそらく残す気だったのだろう。
「返事は」
「…はい」
黙々と食事を続ける。会話はないが、これは日常的なことだ。それに下手にキラに話しかけると、キラは会話をすることに夢中になり、食事をしようとしないからだ。
「シン、」
沈黙を破って、キラがシンの顔を見た。
「何だよ」
「…にんじんは残してもいいでしょ?」
「何で」
「だって…シンもにんじん嫌いでしょ?」
なんで知っているのだろう、とシンは思ったが、しかし初日の頃キラが「シンのことならなんでも知ってるよ」と言ってシンのパーソナルデータをぺらぺら喋ってくれたことを考えると、好きな食べ物や嫌いな食べ物なんて、もうとっくに知られているのだろう。
だからといって、にんじんを残させるわけにはいかないのだが。
「嫌いだけど…オレも食うからアンタも食えよ」
「え!?いいよ、食べなくて」
にんじん嫌いなことは誰にも知られていないはずなのに、とシンは思う。いったいどうやって調べたのだろう。シンは確かに人参が嫌いだが、それを他人に知られるのが恥かしかったから、こういった公の場ではいつも残さず食べていたはずだ。
シンが黙々と人参とキラについての考察をしていると、ぽん、と後ろから肩を叩かれた。ルナマリアだ。
「あら、シンじゃない。こんな時間に珍しいわね」
ショートカットの赤い髪、同じ赤服だが、彼女のスカートは短く改造されている。空のトレーを持っているところを見ると、もう食事は終わったのだろう。
「うっさいな、色々あるんだよ」
「あら、こちらの方は?見かけない顔だけど」
シンの言葉など大して聞いていないらしく、ルナマリアはシンに話しかける前からずっと気になっていた、シンの隣に座る赤服の男について尋ねた。どうやらアスランは、自分の隊にメンバーが一人増えたことをシン以外の誰にも言っていないらしい。シンはまた溜息を吐いた。
「こいつはちょっと前にうちの隊に入ったんだよ」
「そうなの?何も聞いてないわね」
「…事情が事情だからな」
「あら、何か言った?」
「なんでもねーよ。それよりルナこそ、なんでこんなとこにいんだよ」
耳聡いルナに焦りつつも、シンは必死に話題を逸らせた。キラ以上に説明が胡散臭く面倒臭い人間なんて他にいないだろう、とシンは思う。
「私だって朝ごはんくらい食べるわよ。それよりシン、あなた、午前中の射撃演習忘れてないでしょうね」
「あ、」
すっかり忘れていた、という顔をしたシンに、ルナマリアは溜息を吐く。ザラ隊の面々は、もうすぐ戦艦に乗るということもあり、今日からようやくアカデミー卒業後の演習が始まるのだ。シンも少し前までは覚えていたのだが、キラがやってきてごたごたしていたのですっかり忘れてしまったらしい。
「ほらやっぱり。話しかけて正解だったわね。…ってことは、あなたも一緒に演習に出るんですか?」
「そういうことに、なるのかな」
突然話題を振られて、キラは苦笑しながら答えた。どうやらキラは積極的な人間は苦手らしい。自分が一番積極的な癖に、とシンは思ったが、ルナは人見知りしない分話しやすいが、自分も最初はちょっとだけルナマリアが怖かったことを思い出し、少しだけキラに同情した。
「あ、私、ルナマリアです。ルナマリア・ホーク。ルナって呼んでください」
「僕はキラだよ」
キラはにこりと微笑んで言った。シンの見たことがない顔だった。
「じゃあ私は先に行ってるから!キラさん、シンをよろしくお願いします」
ぶんぶんと手を振って、ルナマリアは食堂から出て行った。
「よろしくされてんのはアンタだろ」
シンがそう言ってキラを見ると、キラは「ははは」と笑って誤魔化した。
ルナマリアがいなくなって緊張が解けたのか、キラはまた人参をつつき始めた。これではいつになっても食事が終わらない。シンは小さく舌打ちすると、キラのフォークを掴み無理矢理人参に突き刺した。
「食えよ」
そう言ってシンも、自分の人参を口に放り込む。
「演習ってなに?」
「…射撃だよ」
キラが大人しく人参を口に含んだことを確認し、シンは答える。そしてふと思い出したようにキラに尋ねた。
「そういやアンタ、射撃やったことあんの?」
あの大戦に参加していたということは、少なくとも軍に所属していたのだろうとシンは考える。だがザフトにキラの資料はなかったし、かといって地球軍ということは考え難い。まさかと思いキラを見ると、キラはまた「ははは」と笑った。
「MSでなら、」
「…」
もぐもぐと人参を咀嚼しながら答えるキラに、シンは絶句した。フリーダムのパイロットとして戦場で最強の名を欲しいままにしていたキラが、何故射撃をしたことがないのだ。
「でもほら、似たようなもんでしょ?」
黙ったままのシンに焦ったのか、キラは言う。
「全然違う…」
が、完全に逆効果だった。
射撃場に到着すると、もう既に他のメンバーは集まった後だった。シン達が最後だったらしく(しかも少し遅刻した)、2人が到着し間もなく演習が始まる。といっても、教官はアスランだ。
「キラさんキラさん、あの、射撃得意ですか?」
「え、僕?」
さっそくやってきたルナマリアに、キラの表情が緊張で固まる。射撃なんてやったことがない、が、ザフト軍にいて尚且つ赤服を着ている、ということは射撃だって出来て当たり前なのだ。
「あはは、…うーん、僕も、苦手っていうか…なんというか…」
やったことないのに苦手もクソもないだろ…と、シンは遠くでキラを眺めていた。下手に割って入ってボロが出ても困るし、普段全く他人を気にしないシンがキラにフォローを入れて、2人の関係を勘ぐられても困る。
「全員揃ったなら、各自持ち場につけ」
丁度良いところで声をかけてきらアスランに、キラはほっと胸を撫で下ろした。各自持ち場につく中で、キラがどうすれば良いのかわからずにぼんやりとしていると。
「…それと、キラとシンはこっちに来てくれ。別メニューだ」
突然名前を呼ばれ、シンとキラは互いに顔を見合わせた。
「何ですか?」
少し離れた、ルナマリア達のところからは影になって見えない場所でアスランは立ち止まった。振り返り、シンを見て言う。
「実はシンに、頼みたいことがあるんだが…」
「はぁ、」
そう言うとアスランは、どこからか2丁の訓練用の銃を取り出す。訓練用だから本物より軽く、衝撃も少ない。アカデミーに入った頃、最初に扱った銃だ。
「キラなんだが、実は射撃をしたことがないんだ」
「やっぱりね」
「だから教えてやってくれ」
「…やっぱりね…」
アスランはシンに2丁の銃を手渡す。
「てゆーか、隊長がやればいいんじゃないですか」
何でオレが、といった顔でシンはアスランを見る。
「オレだってキラに手取り足取り教えてやりたいさ!」
隊長が言うと怪しく聞こえるのは何故だろう、とシンは思った。それくらい妙に力の篭った声で、アスランは答える。じゃあどうして、とシンが問うと、アスランは悲しそうに溜息を吐き、言った。
「キラの奴、オレだとちっとも話を聞こうとしないんだ」
「だってアスラン、手つきがやらしーんだもん」
けらけらと笑いながらキラは言う。やっぱりな、という顔でシンはアスランを見たが、アスラン自身は大して気にはしていないようだった。この2人の関係がよくわからない、と首をかしげ、シンは2人を見た。
「とにかく、一応議長の許可はもらっているとはいえ、射撃も出来ずに赤服は着れない!というわけだから、頼んだぞ」
アスランはそう完結すると、そのまますたすたとルナマリア達の所へ戻っていった。
シンとキラは、それからまた移動をし、アスラン達がいる場所からかなり離れたところまでやってきた。ここならどんな失敗をしても見えないし、声も聞こえないだろう。
「ここをこーやって持って、こーやって撃つんだよ」
渋々といった様子でシンはキラの隣に立ち、持ち方を説明してから試しに撃って見せる。持ち方だって特殊なわけじゃないし、銃も小型だから持てないわけでもないだろうと思ったのだが、しかしキラは。
「???」
全くわかっていないようで、銃を両手で持て余しながら首をかしげてシンを見る。
「あんたMSでも撃ってるんだろ!?なんでわからないんだよ!!!」
「だって、MSと本物は違うって言ったの、君じゃないか!」
確かに言った。言ったのだが。実際に同じ銃で、しかもすぐ隣で持ち方を説明しているのに、何故わからないんだとシンは頭を抱える。軍人としても教育を全く受けていないうえに、根本的に銃に興味がないのであろうキラにとっては、銃なんて幻の武器なのだ。MSのビームライフルとはわけが違う。
「あーもうとにかく1発撃ってみろ!撃てばわかる撃てば!」
結局面倒臭くなったシンは、そう言って無理矢理キラに銃を持たせる。
「こうやって構えて、ここを引くんだ。あれを狙うんだぞ」
「はーい」
少し離れた場所にある的を指す。そして、万が一のことを考えて、キラの後ろに立った。訓練用の銃だから弾は出ないのだが、しかし一応衝撃は来る。シンにとってはどうってことのない衝撃だが、万が一、万が一だ。
「よし、撃て」
「いくよ?」
がん、と音がなり、的の判定はど真ん中を示した。
「うわぁ、ラッキー…」
シンの予想に反して、弾はど真ん中に命中した。命中はしたが。
「…アンタ、もっと体力つけろ。撃つたび後ろに吹っ飛んでちゃ、意味がない」
「…はーい」
シンの予想通り撃った衝撃で後ろに吹っ飛んだキラは、シンになんとか押さえ込まれる形で返事を返した。
それから数回練習をしたのだが、しかしそのたび後ろに吹っ飛んでいるキラに、このまま撃つことは不可能だとシンは判断した。結局その後はシンが一人で訓練をし、キラは腹痛という理由で隣で見学という形になっていた。
その日の夜、シンはいいようのない寝苦しさを感じた。空調設備は整っているはずなのだが、なんだか蒸し暑い。
「…はぁ、…ん…夢か、」
怖い夢を見た気がして、シンは目を覚ました。何の夢かは覚えていない。けれど夢の中で何かを失ったことだけは覚えていて、それが非常に気持ち悪い。額を拭うと、びっしょりと汗をかいていた。寝苦しいのはこの所為か、と溜息を吐く。
時計を見ると、時刻は午前の3時を過ぎたところだった。今日はもう眠れないかもしれない、と思い、ごしごしと目を擦る。ふとキラのことが気になって隣のベッドを見てみるが、そこにキラの姿はない。
「え?」
おろした手がふと何かに触れて、シンはびっくりして隣を見た。そこにいたのは、隣のベッドで眠っているはずのキラだが。
「……」
もう一度目を擦って見てみるが、やはりそこにいるのはキラだ。自分の枕を抱えて、丸く縮こまってベッドの端の方で眠っている。
「…なんでわざわざオレのベッドに…」
そう呟き、シンはキラを元のベッドに戻そうとキラを持ち上げる。が、キラの手はシンのベッドのシーツをしっかりと掴んでいて、動かすことは出来ない。無理矢理手のひらを広げようとしたのだが、しかしキラは本当に眠っているのかと疑うくらい強い力で握っており、広げることは出来なかった。
「ああもう!起きろ!おい!」
「んー…」
朝までまだ時間はあるが、構わずキラを起こす。眠れる気はしないが、このままじゃあもっと眠れなくなる。
「おいってば!」
「…なに…もう朝…?」
起きないと思っていたのだが、意外と簡単にキラは目を覚ました。ごしごしと目を擦っている。
「朝じゃないけど…自分のベッドに戻れ!狭いっつーの!」
「だってシンが、うなされてたから、」
意外なキラの言葉に、シンは一瞬言葉を失う。
「余計な、お世話だ」
「好きだよ、シン。だからおやすみ」
そう言うとキラは、シンの頭を無理矢理倒し寝かしつける。
「オレは、あんたなんて、嫌いだ」
「しってるよ」
そう言ってキラは微笑むと、目を閉じた。眠ったのだろうか、と思いシンが顔を覗きこむと、キラの手がシンの髪を梳くように頭を撫でた。いつの間にか、眠っていた。
「シーン、シンってばー!おきてー!!!」
「うーん…」
ばさばさとシーツをひっぱりながら、キラは叫ぶ。しかしシンは唸るだけで目を開こうとはしない。
「シンー?もう、なんで僕がシンをおこしてるの」
「…なんだよ…うっさいな」
ようやく目を開いたシンに、キラはシーツをはためかせる手を止めた。そして時計を見せる。いつもより、1時間は寝坊している。
「朝だよ!寝坊だよ!」
「……」
反応がない。目は、半分閉じている。
「シン?」
「…。…寝坊!?」
がば、っと起き上がった所為でシーツが引っ張られ、キラはシンのベッドに倒れこむように転んだ。
「もう、どうしたの、今日は」
寝転がりながら問う。キラはもう準備が整っていて、赤服を着用していた。シンはなかなか開かない目をごしごし擦りながら言う。
「…昨日、眠れなかった」
「そうなの?大丈夫?」
知っているだろうけど、と思いながらシンは言うが、しかしキラから返ってきたのは意外な言葉だった。
「あんた、覚えてないの」
「…なにが?」」
「なんでもない」
そう言うとシンは、首を傾げるキラを他所に洗面所に消えた。