・本編後
・シンキラ→ザフト、アスラン→オーブ
・シン→←キラ



この指が切れる

そっと頬に口づけると、シンは頬を真赤に染めた。そして、目を見開いて硬直した。こういうことに慣れていないのだろうか。可愛いな、と思う。


「ハンコおしたよ。これでおわり?」

「はい。それが終わったら今日の仕事はもう終わりです。お疲れ様です」

シンは差し出した書類に目を通しながら言う。しろい指、艶のあるくろい髪、長い睫毛、の奥にある、あかい瞳。書類を見ているせいでその瞳は瞼に隠れてしまっている。

僕の前からはなれていくシンの手を、無意識につかんだ。

「…どうかしましたか?」

「ううん、なんでもない」

「でも、」

シンは気まずそうに右手を見た。僕は握った手をはなさない。

「あの、オレ、これ提出しなきゃだめなんですけど、」

「うん、知ってる」

「じゃあ、あの、」

「うん」

シンの言いたいことはわかる。が、僕は手を離さない。理由はない。あるとすれば、シンの困った顔が見たいからか、ただ単純に、この手に触れていたいからか。


「…なにかあったんですか?」

「え?」

シンが窺うように、静かに尋ねた。僕は予想外のシンの言葉に、思わずシンの手をはなした。なにもない。なにもないはずなのに、なぜ僕はこんなにも動揺しているのだろう。シンは何に気づいたのだろう。いつもとかわらないやり取りのはずだ。「もう、冗談はやめてくださいよ」とシンが不機嫌そうに言って、それでやり取りは終わるはずだった。不自然に目を逸らせた僕を、怪訝そうにシンが見る。


シンは可愛い子供だ。家族をなくし、大切な人をなくしてしまったかわいそうな子供。僕の中のシンは子供だ。子供でなければいけない。僕はそんな可愛い子供にいたずらして、困ったり、喜んだりする顔を見れればよかった。なのに。

「…キラさん?」

シンが呆然としたまま動かない僕の腕を揺すった。シンの手は、こんなに大きかっただろうか。いつの間にシンは、大人になってしまったのだろうか。僕はそれに気付かなかった?違う、気付かないふりをしていたのだ。シンは子供じゃなければいけないから。だって子供なら、好きになっても、可愛がっても間違いじゃないから。いつかシンにも好きな人ができて、僕のもとを離れるときがきても、大切だったおもちゃがいつのまにかなくなってしまったときのように、その時は悲しいけど、いずれは忘れることができると思ったから。

でも大人になれば話は別だ。僕はこれからずっと、シンに好きな人ができて、僕のもとを離れるときがきても、シンが結婚して、子供が生まれて、そして笑って僕に紹介してきたときも、僕はずっと心の奥に醜い思いを隠し続けなければならないのだ。忘れることなんてできるはずがない。でもシンは、僕のそんな思いに気付くかもしれない。そして、気付いた上でなお、知らないふりをしてくれるのだ。

「キラさん、大丈夫ですか?」

シンがそっと僕の頬に触れた。僕はその手をきつく握り、思い切り引き寄せる。デスクに倒れこむように、シンの顔が近づいた。僕は驚きに見開かれたシンの瞳を見詰めたまま、赤い唇にかみつく。時間がない。お昼ごはんもっとさっぱりしたもの食べればよかった、とか、歯があたって唇が切れた、とか、そんなことどうでもよかった。この唇がはなれたら、それでもう終わりだ。僕とシンはおわる。

もぞもぞと、シンが動いた。突き飛ばされるかな、と思い覚悟したが、予想に反しシンは態勢を整えると、瞳を閉じて僕の首に腕をまわした。そして、いつの間にか入り込んだシンの舌が口腔を這い回り、卑猥な音を立てる。僕は突然のことについていけず、呼吸することすらままならない。うっすらと滲む鉄の味とシンの熱い吐息の中で思う。そうか、子供だったのは、僕だ。












お題配布元 terzo dito