「また飲んでるんですか?」
勝手に扉を開いてシンが入ってきた。ノックはない。当然だ、ここはシンの部屋なのだから。
「いいじゃん、クリスマスなんだから」
部屋の主が不在なのを良いことに勝手に侵入して始まった酒盛りは、丁度缶チューハイを2缶空けたところだった。シンは溜息を吐くと、転がっている空き缶を拾いゴミ箱に入れる。
「ダメですよ、飲みすぎたらまたアスランさんに怒られる」
「だから君の部屋で飲んでるんじゃないか。君が言わなければ、君だって怒られない」
「バレるにきまってるじゃないですか。酒臭いし」
「シンうるさい」
じゃあ部屋から出て行け、とはシンは言わない。何を言うべきかわからないのか考えているのか、少し呆れているような、それでいてどこか憐れむような表情をしたまま黙っていた。
シンはまたため息を吐くと、ヘッドフォンをつけてベッドの上に寝転がっる。どうやら僕の愚痴を聞いてくれるわけではないらしい。そのままゆっくりと目を閉じたシンの顔を、僕はじっと見ている。シンはその視線に気づいているはずなのに、何も言わなかった。
今日はクリスマスだ。
こんな平和なクリスマスを迎えるのは、幼い頃以来だろう。戦争が始まる前の穏やかな日に、世界が戻り始めている。けれど未だ立ち直れないのは、あの時からまだ1年しか経っていないからでも、大切な人を亡くしてそんな気になれないからでもない、単に僕らが、弱いから。
「シン」
名前を呼ぶが、返事はない。目を開くこともない。
「シーン」
眠っているわけではないはずだ。だってシンは、さっき目を覚ましたばかりなのだから。用事があるから、と言ってアスランからの誘いを断った僕らは、結局何もせずにだらだらと過ごしていたのだから。
なんだか無償にやりきれないような、腹立たしいような気分になってくる。
「もう、シンってば!」
ドス、と鈍い音をたてて、僕の手刀がシンのおなかに命中した。シンは呻きながらこちらを睨む。
「…なんなんだよ、一体。オレに絡むな」
「遊ぼうよ」
「断る」
「なにする?しりとり?」
「なんでこの歳にもなって酔っ払いとしりとりしなきゃなんないんだよ。あんた人の話きいてる?」
「あ、見てほらシン、雪だよ」
僕が窓の外を指さすと、つられてシンも窓の外を見た。風にふかれてぱらぱらと、小さく白い雪が舞い降りてくる姿は幻想的でとても綺麗だ。
「きれいだねー」
「…オレは雪は嫌いだ」
「見て見てシン、あそこに花が咲いてるよ。きれいだね。でも雪が降っちゃったから枯れるかも。残念」
「オレは花も嫌いだ」
シンは窓に背を向け、膝を抱えるように丸くなった。僕はシンの隣に座り、そっとシンの頭に手を乗せる。
「悲しいの?」
「…」
シンは何も答えない。実のところ僕は、こうしてシンの部屋に頻繁に遊びに来るけどシン本人のことは何も知らないし、知ろうとも思わない。シンが何も話さないということは、それはシン本人が解決すべき問題だ。他人の、しかも当事者の僕が口を挟む筋合いはないだろう。僕も、人のことは言えないのだけれど。
でも僕は、それを忘れちゃいけないと思う。たとえそれが思い出の中に埋もれてしまったとしても、それを受け入れず絶対に掘り起こさなければならないものだと、思う。
そっとシンの髪を梳く。くすぐったいのか手を払いのけるようにシンは頭を動かすが、僕は気にせず続けた。
「そっか、悲しいのか」
「別に、悲しいなんて言ってない」
シンは身体を捩ると、僕の手をすり抜けて起き上った。ベッドの端に腰かけて、窓の外を見る。
シンはあの戦争で、大切な人を失ったと聞いた。雪が嫌いなのも花が嫌いなのも、その人が関係しているのだろうか。それから何かを連想してしまうのか、それとも、単に枯れる花を悲しんでいるのか。僕にはそれがわからないから、それをとても愛おしく思う。
「悲しいね」
微笑み言う僕に、今度はシンも何も言わなかった。