「良い子だね、僕は賢い子供は嫌いじゃないよ」
満足そうにその美しい顔に笑みを浮かべ、男はすらりと細く長い指をカップにのばした。
彼の名はキラヤマトという。深い紫色の瞳が印象的な、コーディネーターの中でも特に美形と称されるであろう顔立ちの青年だ。彼はとても賢い。彼は自分の顔と声のもつ魅力を自覚しており、紅茶を好んで飲んでいた。自分に似合うと理解していたからだ。彼が窓辺に腰掛け、膝に本を乗せ開きながら紅茶を飲めば、その日の窓下の通行人が倍に増えるほどだった。(しかもその殆どが女性だ)。もちろん彼はそれを十分に承知しており、いつも決まった時間に窓際で紅茶を飲む習慣を変えずにいた。近所で雑貨屋を営む友人が、「キラさんが飲んでいる紅茶はうちで売っているものだって話したら、一気に噂が広まって商売大繁盛よ」と嬉しそうに報告してくれた。噂ではない、それは真実だ。あの店で葉を買い彼に紅茶を入れているのはほかでもない、オレなのだから。
だけどオレは紅茶が嫌いだ。オレは珈琲派だから、紅茶の魅力がこれっぽっちもわからない。だから彼に紅茶を出すときも、少しも味見はしていなかった。しかし彼はいつもオレの紅茶が一番美味しいといい、そして美しく微笑む。(それが本当かどうかはわからない)(多分嘘だと思う)
「シン」
名前を呼ばれ、扉の傍に控えていたオレは静かに彼の傍に歩み寄る。彼はやわらかなソファに腰を下ろしており、放り出された長い足の先にある小さなテーブルには白いカップが乗っていた。中身は紅茶だ。
「なんですか?」
オレがそう言うと彼は、こちらに顔をあげ静かに瞼を閉じた。その動作ひとつひとつがまるで造り物のように美しい。
これは合図だ。
オレはそっと彼の頬に手を添えると、静かに唇を寄せ、離した。この先はない。
ある日自室に戻ると、部屋の中で彼が立ち尽くしていた。彼は扉に背を向けるようにして、机の傍にいた。
「どうかしましたか?」
オレが尋ねると彼は
「にがい」
と言った。意味がわからず近寄ると、彼の手にはオレの飲みかけの冷えた珈琲カップがあり、オレは少しだけ驚いたが顔には出さずに言った。
「珈琲でしたら、新しく入れ直しますが」
彼は首を横に振った。さらさらと髪が揺れる。
「シンの味がしたよ。にがい」
そう言いながら彼は傍にあったかたい椅子に腰をおろした。オレは慌てて「お休みでしたらあちらの方が、」といいリビングを指すが、彼はまた首を横に振る。