・今更シン誕生日もの
・戦後
・シンキラ?
・プラントでシンが入院してる?



美しい白

まだ戦争をしていたあの頃、皆はいつでもオレに何かを与えてくれた。例えば議長は勲章や新しい機体をくれたし、アスランからは拳ももらったけど他にも沢山の言葉を与えてくれて、あの頃のオレはそれらがあったからこそ生きてこれたのだと思う。

でもこの人は。いつもオレの前に現れるのに、オレに対して何かを与えてくれたことは、ない。


「今日は調子が良いみたいだね、よかった」

そう言うと男は静かな動作でベッドの脇にあるパイプ椅子に腰を下ろした。すらりと長い足を組み、美しい笑顔で微笑む。そしてどうでも良いような簡単な世間話(たとえば天気やニュースの話)を一通り喋り終えると、「じゃあまた明日」と言って帰っていった。オレは何も話さない。きっと彼も、オレからの返事など期待してはいないだろう。


戦後、よくわからないけれど時々どうしようもなく呼吸が苦しくなることが続いた。たまたまプラントに遊びに来ていたアスランにその話をしたところ、すぐに病院に行った方が良いといわれ、オレは渋々病院に行った。入院しなければならないといわれたのは、診察が終わってすぐのことだった。


彼は毎日やってくる。オレは彼にどのように接すれば良いのかがわからなくて、いつも何も言わずただ彼の言葉を聞いていた。敵だった人。本気で殺そうとした人間が今、目の前で穏やかに微笑んでいる。病室の壁は美しい白色だ。最近では見舞い客も減り、今ではもう彼しか来ることがなくなってしまった。


「今日はね、ちょっとだけ上手くいれられた気がするんだ」

そう言って微笑みながら彼はベッドサイドのテーブルに真っ白なカップを2つ並べた。中身は紅茶だ。彼はいつも最後に自ら紅茶を入れて、オレに振舞ってくれる。ティーカップなんて持ってきた覚えはないから、これはもしかしたら彼が持参したものなのかもしれない。

「今日は特別な日だからね。お誕生日おめでとう、シンくん」

オレが言葉を忘れ茫然としていると、彼は「もしかして忘れていたのかな」と言ってくすりと笑った。その通りだった。ザフトに入ってから、オレはすっかり自分の誕生日というものを忘れていた。忙しかったというのもあるが、祝ってくれるなど誰一人いなかったから。

彼は穏やかに微笑み言う。

「プレゼントはまだ用意していないんだ。きみがどんなものが欲しいのかわからなくて」

「…何も、いらない」

オレがそう言うと、彼は哀しそうな目でこちらを見た。欲しいものなんて何もなかった。だいいちこの病室の中で出来ることなど、何一つないのだから。いつだったろうか、随分前に見舞いに来た誰かが持ってきた、もう色すらわからない花が、窓際の花瓶の中で枯れていた。


彼はオレに対して何も与えてくれない。オレがそう思うのは、彼の表情から何も読み取ることが出来ないからだ。同情でも憐れみでもない、なんにもない彼の微笑みは、オレではないどこか別の場所に向けられている気がした。単なる罪悪感で片付けるには、どこか難しい。

だからオレは彼が誕生日を覚えていたことを、とても驚いた。友達でも仲間でもない、どちらかというとあまりよくない関係だった相手の、誕生日なんて普通覚えているわけがない。アスランに聞いたのだろうかとも思ったが、しかしアスランがオレの誕生日を知っているとは思えなかった。オレが気付かないだけかもしれないが、確かに今日、彼はオレに何かを与えてくれたのだ。


そうしている間に彼は紅茶を飲み干して、いつも通りカップに手をつけなかったオレの分の紅茶を下げる。毎日繰り返される光景。今日、こんなにも彼のことが気になるのは何故だろう。皆に見捨てられていく中で、唯一覚えてくれている彼に縋っているのだろうか。もう何もかも諦めていたはずなのにオレは、「誕生日おめでとう」というたったそれだけの言葉で、こんなにも心が揺れるのか。

カップを手に、彼が立ち上がる。その白い衣服の裾を、オレは掴んだ。

「紅茶、飲むから」

久々に言葉を発した気がした。掠れる声でそう言うと、彼はとても驚いた顔をしてから、そして嬉しそうに微笑んだ。いつもの美しい笑みではない、けれども確かにオレに向けられていて、オレはそれが恥かしくて少し俯いた。


初めて飲んだ彼の紅茶は、とてもともて甘かった。少し冷めてしまっていたが、構わずに飲み干した。カップを下げると、彼は「じゃあまた明日」と言って帰っていく。それを少し残念に思いながら、その背中を見送る。

「オレは紅茶より、コーヒーの方が好きだ」

扉が閉まる間際に呟いた微かな言葉は、彼の耳に届いたらしい。ぴたりと動きをとめ、ゆっくりと振り返る。

「じゃあ明日は、コーヒーを持ってくるね」

彼はそう言うとまた先刻のように微笑み、扉を閉めた。


明日のコーヒーもきっと甘いんだろうな、なんてことを思いながら、ぼんやりと窓の外を見た。生憎こちら側からは病院の正面玄関は見えなくて、彼の姿を見ることは出来ないけれど。それでももしかしたらと窓の下を見つめる自分がおかしくて、少しだけ笑った。

彼の名はキラだ。しかしこれは以前アスランが何度か呟いていたのを覚えていただけで、本当はなんていう名前なのかも知らない。明日また彼がやってきたら、一番に名前を呼んで、それから、甘い甘いコーヒーが出来上がった後にオレは無糖派だということを教えてみようと思う。