・現代学園(前のとは別物)
・キラ→臨時の講師
・シン→3年A組生徒
・イザーク→科学教師
・アスラン→数学教師



愛惜

目を開くとそこには彼の端正な顔が広がっていた。黒く長い睫毛に縁取られた瞳は今は静かに閉じられていて、彼が微かに動くたびその柔らかく黒い髪が僕の額に触れて少しこそばゆい。ゆっくりと唇を割り侵入してきた温かい舌を拒むことなく自分の舌をからめると、一瞬驚いたように彼が薄く目を開いたが少しだけ微笑むとすぐにまたその瞳を閉じた。その時既に僕の脳はまともに機能なんかしておらず、僕は思う存分舌を絡め、唇から溢れ出たどちらのものなのかすらわからない冷えた唾液を嘗め取った。時間にしてほんの数十秒くらいだろうか。彼はゆっくりと唇を離すと、「おじゃましました」と言ってひらひらと手を振り帰っていった。

僕はぼんやりと自分の唇に触れる。冷たく濡れた感触にその時僕は漸く、彼とキスをしてしまったんだということに気がついた。



高校の時、僕はプログラミングの能力がほんの少しだけ人より優れていることを知った。教師たちは有名な学校に推薦するとか、大きな研究所で働け等と言ってくるけど僕はそれを全て断り就職も決まらないまま卒業。その後はたまーに友人の父親の会社のプログラミングを僅かな賃金で手伝うだけの、立派なフリーターとなっていた。

そして先月、その友人があまりに働かない僕を見越して、自分の職場で一緒に働かないかと言ってきた。断ったら今度は、1日1時間でいい、プログラミングの仕事だからと言った。友人があまりに熱心でうざいので僕は渋々頷いた。

そうして僕は、教師になった。



「キラせんせーおはよーございます」

気分の乗らない朝も、こうやって女子高生ににこにこ笑いながら手を振られるのならば悪くは無い。生徒達ににこりと笑顔を返し、僕は校内に入った。

基本的に僕は授業がある直前に学校に行くことにしているのだが、しかし今日は違っていた。僕の授業は殆どが午後からだから、朝の学校というのはまた雰囲気が違っていて面白い。といっても僕も2年前までは現役の高校生だったのだが。

生徒達に挨拶しながら階段を登り、3階の奥にある、とある一室の前に立った。この時間、目当ての人物が学校に出てきているかなど全く知りもしないのだが、それでもとにかく早くあの出来事を誰かに話したくて仕方が無かったのだ。

「失礼します」

ばたん、と勢いよく扉を開くと、中にいた男が目を細めた。

「なんだ貴様、何しに来た」

鋭い瞳にじろりと睨まれたが、そんなこと気にならなかった。僕が探していたのは他ならぬ彼だったのだ。幸いなことに、今この部屋、科学準備室には彼一人しかいない。彼がまだここにいるということは、きっと1時間目は授業がないのだろう。

「どうしようイザーク!」

僕がそう言って彼の足下に縋り付くと、彼、イザークジュールはわけがわからないといった様子で目を見開いた。


「…要するに、生徒であるシンアスカと自宅で遊んでいたらキスを仕掛けられて、貴様は拒むどころかノリノリで返してしまったというわけか」

「ノリノリってそんな…」

イザークは椅子に腰掛け足を組み、床に正座する僕を見下ろした。

僕は大きくため息を吐いた。ノリノリ、といえばノリノリだったのだろう。シンは僕の生徒の一人だが、気も合ったしお互いゲーム好きと趣味も合ったしなによりシンは可愛かった。キスも上手かったし。でも僕らは教師と生徒だし、それ以前に男同士だし、しかもシンには。

「シンって、彼女いるよね?赤い髪の子」

その子のクラスは僕の授業が入っていないので名前はわからないが、いつも放課後になると明るい声でシンを呼びに来るのだ。直接本人に聞いたことはないが、まわりの生徒も噂していた気がする。イザークを見上げると、彼も静かに頷いた。

「まあ確かに、そんな噂もあるな」

「でしょ?彼女いるのになんで?遊んでる時だって全然そんな雰囲気じゃなかったし」

「酒を飲んでいたとか、そういうのはないのか?」

僕は首を振った。

「ないよ。僕がまず飲まないし、ゲームに集中しすぎて飲み食い一切しなかったし」

僕はどうすれば良いのか分からずに、とにかく彼を見上げていた。はあ、とため息を吐いて、イザークは頭を抱えながら言う。

「とにかく、まだシンアスカと会ってないのだろう?もしかしたら向こうから何らかの弁解があるのかもしれない」

「…弁解?」

シンは僕と彼女を間違えたのだろうか。顔は全然にてないけど、背丈は少し似てるかもしれない。そうじゃなければきっと、別れ際には熱烈にキスをする民族の出なのだろう。そんな民族聞いたことないけれど。でもそれ以外の理由なんて、考えられないのだから。

「昨日のことは間違いです、とか、忘れて下さい、とか、そういう弁解だ」

「忘れてください…」

結局はそうなるのだろう。シンがどういうつもりであんなことしたのかわからないけれど、シンには彼女がいるのだ。僕の家に来る直前に別れたなんてことも考えられないし、シンは若いから、何の意味もなくただキスがしたかったというだけなのかもしれない。もしかしたら僕の知らない間に、若い子の間で無意味なキスが流行っていたのかもしれない。

「…忘れられたら、困るのか?」

イザークが、少し不思議そうな、少し同情を含んだ瞳でこちらを見た。僕は笑って首を振る。

「別に、そんなことあるわけないよ」

いつの間にか僕は、キス一つでどうこう言う程若くはなくなってしまったらしい。

あの時のキスがほんの一瞬で助かった。今ならまだ、忘れられるだろう。









 本当はシン→キラなんですが描写がシン←キラっぽくなってしまったので要するにシンキラ。