いつものように午前の授業が滞りなく終わり、昼食を食べるため食堂に向かおうと校庭を歩いていたら、目の前で美形の男が地べたに転んでいた。周辺にいる人間は、物珍しげに遠巻きに男の様子を窺っている。さらさらとした茶色い髪が少し乱れてはいるが、男はさして恥かしがることもなく立ち上がろうとしていた。大したものだ。美形だと転んでも絵になるんだな、と思ったが、よく考えてみれば高校生にもなって何も無い道端で転ぶのはどうかと思う。やはり只者ではないのかもしれない。
「あれ、キラヤマトじゃん」
一緒に隣を歩いていたヨウランが言った。キラヤマト。初めて聞く名だ。キラヤマトは制服のズボンについた砂を両手でぱんぱんと掃うと、何事もなかったかのようにまた歩き出した。
「知り合い?」
尋ねてみるが、しかし返ってきたのは質問の答えではなく彼の驚いたような瞳で。
「お前、知らないの?」
「…知らない、けど」
ヨウランは小さく溜息を吐いた。もしかしてクラスメイトだろうか。他人の顔を覚えるのが苦手なオレは、もう秋になるがクラスメイトの顔すら覚えていなかった。しかしあれ程の美形はうちのクラスでは見かけなかったはずだが。
「有名だろ、キラヤマトとアスランザラ」
「アスランザラって、会長の」
オレがそう呟くと、ヨウランは満足そうに頷いた。アスランザラはこの学校の生徒会長をしており、頭は良いし運動も出来るし顔も良いという見事に三拍子揃った、いわばこの学校のアイドルだ。しかし冷たい瞳とクールな物言いで、表立って騒がれることはないがしかし、女子の間で壮絶な人気を誇っている。
何故オレがアスランザラを知っているのかというと、先日不慮の事故で彼と廊下で激突してしまい、その冷たい眼差しを身を持って体験することが出来たのだ。
「キラヤマトは、アスランザラの兄貴なんだろ」
ヨウランの言葉に、オレは首を傾げた。
「兄貴?だって、アスランザラは3年だろ」
「ああ…あの2人は双子なんだよ」
双子。美形という点では確かに似てはいたが、しかし彼等は双子という程そっくりというわけでもなかった。第一、名字が違うじゃないか。ヨウランに尋ねると、彼も首を傾げながら言った。
「良くはわからないけど…親が離婚でもしたんじゃないのか?まあ詳しい話はルナマリアあたりに聞けよ。あいつなら多分オレより事細かに教えてくれるから」
言われてオレは、事細かにアスランザラについて説明しているルナマリアを想像した。確かに彼女なら、彼等の誕生日から足の大きさまで見事に把握していそうだ。
「キラヤマト、ね」
校庭を抜けて玄関に入ったところで、キラヤマトはまた転んでいた。