・戦後(CE74)
・キラシンぽいけどシンキラのつもり
・久々に甘い感じ



少しの夢

シンにとって初めての身内でも教師でも上司でもない大人、それがキラだった。

たった2年、たかが2歳の年の差だが、しかしシンアスカにとってキラヤマトという男は既に「大人」という存在だった。シンにとって、大人と子供の定義はそれ程明確にはされていない。しかしキラヤマトという人間は、シンが今まで生きてきた中で出会った大人、両親や教師とはまるで違う、けれども確かに大人だったのだ。

シンがキラのことを大人だと思ったきっかけは、自覚はないがおそらく戦後初めて出会った慰霊碑の前での出来事だろう。シンとキラは敵同士だった。時間にすればそれはほんの短い期間だったのだが、それでも2人は命をかけて殺しあったのだ。それなのにキラは、シンに対して怒りをぶつけることもなく、かといって謝罪の言葉を並べるわけでもなかった。静かに握手を求められてシンは、その時何を考えたのかはシン自身にもわからないが、その落ち着いた姿を見て彼はなんて大人で、そして自分は子供なのだろうかと実感した。同年代だったレイもキラと同様に落ち着いた人間だったが、しかしシンは彼が大人だとは感じなかった。その理由はわからないけれど、とにかくシンにとってのキラは大人、だったのだ。



静かに扉を開くと、大きく開かれた窓の外をぼんやりと眺めているキラの背中が見えた。シンが「失礼します」と言って中に1歩踏み込むと、キラは静かに振り返った。

家族を失い、そしてZAFTを失ったシンはどこにも行く宛がなく、ひとりプラントへ帰ろうとしていたのだがそんなシンに手を差し伸べたのは意外なことにキラ本人だった。キラはシンに向かって「みんなプラントに帰っちゃうみたいだね」と言い、そして「よかったら一緒に暮らさない?」と提案した。一緒に暮らすといっても2人で部屋を借りるわけではなく、単にマルキオ導師のところに来ないかということだったのだが、そんな些細なことはシンにとってはどうでも良い事だった。全てを失い、そして差し伸べられたあたたかい手を、シンは喜んで掴んだ。そんなキラは今、あの日と同様にあたたかい笑顔を浮かべこちらを見ている。

「どうしたの?シンくん」

そう言うとキラは、何も言わず入り口に立ち尽くすシンを手で招くと、ベッドに腰掛けるように促した。シンが戸惑いながらも腰を下ろすと、キラもその隣に腰掛けた。

シンがこの部屋に来るのは初めてだった。というよりも、シンが自分からキラの元へやってくること事態が殆ど初めてに等しかったのだ。あの時シンはまっすぐにキラの手をとった。しかし屋敷へやってきたシンは誰に懐くこともなく、いつもひとりで海辺に出かけたり、要請があればモルゲンレーテの本社に出かけたりするだけで殆どキラやこの屋敷の人間とコミュニケーションを取らなかったのである。きっと戸惑っているのだろう、とキラは思い、だから敢えてシンとは距離を置いていた。平和な世界に慣れるには時間がかかる。断定は出来ないが、自分も確かにそうだったのだから。

シンは腰掛けたまま暫く何も言わずに、しかし何か言いたそうにキラの顔を見上げたり俯いたりをくり返した。キラが何も言わずにシンの言葉を待っていると、暫くそうこうした後に意を決したのか、シンは顔をあげた。

「あなたは、どうやって寂しさを忘れたんですか」

突然のシンの質問に、キラは一瞬驚いたようにシンを見た。質問の意味はわかる。しかしその意図がわからない。シンはじっとキラを見つめ答えを待っている。キラは先刻の表情に戻り静かに「僕は寂しさを忘れたことなんてないよ」と言った。どういう答えを期待していたのかはわからないが、キラの答えを聞いたシンは、少しだけ不満そうな表情になった。

「…じゃああなたは、今でも寂しいんですか?」

真直ぐに瞳を見つめぶつけてくる質問に、キラは答えなかった。シンは暫く答えを待ったが、キラが何も答えないことを察すると、質問を変えた。

「寂しいのに、どうしてあなたはそうやって笑っていられるの」

シンがそう言うとキラはくすりと笑い。

「寒くなってきたね。そろそろ窓を閉めようか」

と言い静かに立ち上がると本当に窓を閉めた。外は随分と暗くなってきていて、明かりのついていないこの部屋ではシンは少ししかキラの表情を読み取ることが出来ない。窓を閉めたキラはまた元の位置に座りなおすと、一つだけ小さく息を吐いてから、言った。

「寂しいから、笑うんだよ。すこしでも寂しくならないように」

キラの答えに、シンは俯いて言う。

「…オレは、寂しいときには笑えない」

「それでも笑わなきゃ、ならない時があるんだよ。忘れなきゃならないこともあるし、悲しんじゃいけないときもある」

キラは淡々とそう言った。表情は読み取れないが、きっと笑っているのだろうとシンは思った。キラはいつも笑っている。

この家には沢山の人が住んでいた、と、子供が言っていたのをシンは聞いたことがある。しかし今では、マルキオ導師と子供達を除けばもう、キラとシンしかいなかった。どうしてキラはラクスクラインと一緒にプラントに行かなかったのだろうとシンは思ったことがあるが、しかしそれを口に出したことはない。キラは大人だから、きっと寂しくなんてないのだろうと、そう思っていた。

けれどキラは寂しいと言い、微笑みながらそう答えるキラの言葉にシンは、それが本当なのかどうかわからず首を傾げた。キラはそんなシンの様子を見てくすりと笑みを零すと、ふわふわと跳ねたシンのくせ毛にそっと触れる。

「第一僕は、寂しいからきみをこの家に誘ったんだけど」

そう言って笑ったキラの笑みが、少しだけいつもと違うことにシンは気がついた。何故気がついたのかはわからないが、自覚してしまえばそれはもう、確かに笑みではなくなってしまう。シンは戸惑った。大人であるキラが、自分と同じように寂しさを感じていることを知ってしまったからだ。けれど同時に、嬉しさも込み上げてくる。寂しいと、言って笑うキラの表情はとても悲しげだ。けれども普段は。食事の時、子供達と一緒に談笑しながらもシンに向けられる笑みからは、悲しさなんてひとつも感じられなかったのだ。

「すみませんでした」

とシンが謝ると、キラはくすくすと笑いながらまた髪に触れた。完全に子供扱いされている、とシンは思ったが、しかし拒絶することは出来なかった。拒絶しようとも、思わなかった。

「シン君が寂しいなら、もっと人を増やそうか。マリューさん達にも戻ってきてもらって…そうだ、アスランも、」

「いいです」

「え?」

キラの提案を遮ると、シンは立ち上がり言う。

「もう寂しくないので、いいです。今まで通りで、」

途切れ途切れに、それでもしっかりとした口調で話すシンの言葉に、キラは最初驚いたようにシンを見ていたが、すぐに意味を理解したらしく嬉しそうに微笑んだ。その微笑みと、そして先刻とは矛盾した自分の発言に少しだけ照れながら、シンは俯く。どうして早く気付かなかったのだろうと、バカで鈍感な自分を攻めた。笑わなきゃならない時、忘れなきゃいけない事、悲しんじゃいけない時の意味が、今なら少しだけ分かる気がした。ちらりと見上げたキラの表情は少しだけ微笑んでいたがその笑みはいつになく嬉しそうで、シンは心の底からほっと息をつく。

「キラさんのお陰で…キラさんがいるから、オレはもう、寂しくなんてないです」

嬉しさが堪えきれず溢れた笑みと共にそう伝えると、呆然としたキラがだんだんと俯いていき、その赤らんだ頬を見てシンは、更に笑みを深めた。