夜になるたびきまってシンはベッドを抜け出しどこかにいなくなってしまう。けれども僕はそれを追うことも尋ねることも出来ずただただ気付かない振りをするのだ。
シンの朝は早い。いつも僕が起きたときにはもう朝食の準備を完了させて待っているし、仕度も全て整っている。けれどそれは決して僕が寝坊しているわけではない、シンが早起きなのだ。シンは今日もあくびをしながら、美味しい朝ごはんを作って待っていた。
僕はシンに嫌われているわけではないと思う。戦後一人で暮らすというシンに、一緒に暮さないかと声をかけたところ、シンは快く受け入れてくれたのだ。もちろんそれは嫌いじゃないというだけで、イコール好きというわけにはならないのだけれど。それでも、シンの友達がプラントから遊びに来るとき、シンは僕を追い払うことなく一緒にいることを許してくれる。それだけでもう僕は充分だ。
今日は久々にルナマリアが遊びに来ている。ルナマリアはにこにこと笑いながら、プラントにいるシンの友達の近況を報告していた。
楽しそうなルナマリアの声を、シンの大きなあくびが遮る。ルナマリアが首を傾げた。
「どうしたの?シン。さっきからあくびばかりじゃない」
「別に」
シンはそう言って誤魔化すが、しかし先刻からシンのあくびの量は半端じゃなかった。僕はいつものことだからと気にはしていなかったのだけれど、やはりルナマリアは気になるらしい。シンから明確な答えがわからないと知ると、ルナマリアは視線を僕の方に寄越す。僕はなんて答えれば良いのかわからずに、咄嗟に「毎日遅くまで起きてるからじゃないかな」と言った。ルナマリアはその回答に納得してくれたらしく、小さく溜息を吐いてシンを見た。
「もう、シンってば…。キラさんに迷惑かけちゃ駄目よ。…シン?」
「…ああ、わかってるよ」
シンが不思議そうにこちらを見ていたことは、僕だって気付いていた。シンは別に毎日遅くまで起きてるわけじゃない。僕は何も気付いていない振りをしながら、一度もシンに視線を向けることなくルナマリアの話の続きを聞いた。
僕はいつからこんなに嘘をつくようになったのだろう。と思ったけれど、基本的に僕は昔から嘘をついてアスランを困らせていたような記憶がある。でも何故だろう、シンにつく嘘だけはどうしようもなくいつも、悲しい気持ちになるのだ。
ふああ、と思わずあくびが零れ、僕は咄嗟に手のひらで口を塞ぐ。それと同時にシンもあくびをしていたらしくて、ルナマリアが可笑しそうに笑っている。
「寝不足、ですか」
シンに問われる。
「…まさか。きみのあくびがうつっただけだよ」
僕は静かにそう答えた。
僕は嘘つきだけど、それは彼だって同様だ。たぶん彼は僕がいつも知らないふりをしていることも全て気付いているのだろうけれど、決してそれを問い質すことなんてしない。違いがあるとすればきっと、彼は僕に嘘をついても絶対に悲しい気持ちにはならないということだけだ。彼はただ、冷え行くベッドの冷たさを知らない。
「キラさん、まだおきてたの」
かちゃり、と扉が開いて、シンが顔を出した。ここは寝室で、唯一この部屋にあるパソコンで僕は仕事の続きをしていた。夕食を終えてからずっとやっているのだが、しかし一向に終わる気配はない。シンが来たということは、もう0時を過ぎた頃だろう。集中しすぎて時間のことなどすっかり忘れていた。
「ごめんね、まだ終わりそうになくて…先に寝てていいから、」
僕がそう言うとシンは「わかりました」と言って、いつものようにベッドに入った。
固いイスの上に座っていたはずなのに、身体がとても不安定な気がして僕は目を覚ました。僕は目の前に見えたシンの顔にはっと驚き、咄嗟に瞼を下ろし眠っているふりをする。もしかしたらシンはもうとっくに僕が目覚めていることに気付いてしまっているかもしれないけれど、しかしシンは何も言わなかった。
晩ご飯食べなければよかった、と思った。シンの方が細いはずなのに、しかしシンは僕を落とすことなく軽々とベッドに運んだ。軍人だからだろうか。よくわからない。シンは僕をベッドに降ろすと、布団をかけて自分もそのままベッドに入る。
「いままでごめんなさい、おやすみなさい」
とても小さく聞こえた声に、僕は思わずぎゅっと目を瞑った。
このシーツが冷たくてよかった。少しでもこの熱を冷ましてくれるようで。