・シンとキラとアスランが兄弟っぽいもの
・ヤキン戦後の話
・シンがアス兄とか言っちゃってる



星と青空

戦争で家族を全て失った2年前の今日。しかしその日は、新しい家族が出来た日でもあった。家族を目の前で失いただ一人生き残った事に絶望していたオレを救ってくれたのはカリダ・ヤマトという人で、その人は唐突に自分の家族になればいいと言ってくれた。オレが戸惑いながらも頷くと彼女は、自分にはもう一人子供がいて、そしてその子供にもまた別の家族があり、弟がいるのだと教えてくれたが、混乱していたオレには何がなんだかわからなかった。そして2年前の今日、その合計2人の兄がオーブにやってくると聞いて渋々ながら会いに行ったオレは、初めて2人の兄と対面する。皆全く血の繋がっていない、3人の兄弟が出来た日だった。


そして1年前の今日。殆ど家にいなかったキラという名の一番上の兄が、仕事でプラントに行ってしまった。キラはいつも仕事場に入り浸っていて、殆ど家に帰ってこない。たまに帰ってきてもその大半が真夜中で、稀に昼に帰ってくる日もあるがいつも部屋で眠っていた。一緒に食事を食べたのも数回程度しかないし、何より会話をしたことも殆どなかった。覚えているのは、初めて2人と対面した日、戸惑いながらカリダさんの影に隠れたオレを迎えてくれた、まるできらきらと耀いているような優しい笑顔だけだ。しかし今ではそれすらも疑わしい。


空を見上げれば、雲ひとつない青空だった。先刻降り立ったシャトルからは、沢山の人が降りてくる。今日は、キラがプラントから戻ってくる日だ。

「ほらシン、折角キラが帰ってくるんだからそんな不貞腐れた顔をするな」

「…だって、」

いくら兄弟だといっても、殆ど会ったことのない兄に向かって一体どんな顔をすれば良いのか皆目見当もつかない。オレはアス兄と違ってキラのことは何も知らないし、キラとの思い出も何もないのだ。キラと話をしたことだって、殆どないのだから。

ぞろぞろと人が降りては散っていく。キラの顔は覚えていないが、そこにキラはいなかったはずだ。ちらりとアス兄の顔を伺うが、やはり何の反応も示していない。

「遅いな…」

「乗り遅れたんじゃないの」

「いや、乗り遅れてこのシャトルになったから、それにまた乗り遅れることはないだろう」

ほら、と言ったアス兄の顔が、ぱっと明るくなる。人ごみが途切れ暫くしてから、ぽつんと一人の人影がこちらに向かって歩いてくる。茶色い髪は、以前見たときよりも少し伸びたような気がした。

「キラ!」

アス兄がぶんぶんと手を振ると、キラはこちらに気付いたようでふっと静かに微笑んだ。


「ごめんね、チケットが見つからなくて…」

「いや、いいさ。それよりどうする?真っ直ぐ家に向かうか?」

「そうだね。荷物もあるし」

荷物といっても殆ど無いに等しいのだが、キラはそう言って微笑んだ。きっと疲れているのだろうか。運転席にはアス兄が乗り、キラは助手席、オレは後部座席に座っている。運転席側の後ろに座っているので、ここからはキラの顔がよく見えた。キラの顔をよく見るのは久々で、というよりも殆ど初めてに等しく、オレはついじっと顔を見つめてしまう。アス兄と楽しそうに雑談しているキラは、前より少し大人っぽくなったようにも見える。

車は間もなく自宅に到着し、オレは少ない荷物を持って車から降りた。キラも一緒に車から降りる。アス兄は車を車庫に仕舞いに行った。

「あ、荷物ありがとう。あとは僕が持つから、」

「いいよ、別に」

ここから部屋までは大した距離でもないし、力が必要なほど重たい荷物でもない。するとキラは困ったように笑いながら、「ありがとう」と言った。


部屋に入るとキラはきょろきょろと室内を見回していた。1年前と殆ど変わらないこの家を懐かしく思っているのだろうか。キラの部屋もきちんと掃除をしておいたから綺麗なままだ。放っておけばすぐに部屋を汚してしまうから、綺麗な部屋が珍しいのだろうか。

夕食の最中も、キラはずっとアス兄と喋っていてオレはただそれを聞いていただけだった。オレもアス兄もキラの仕事については何もしらない。オレは聞いてないから知らないだけなのだが、アス兄も知らないということは聞いても教えてくれなかったのかもしれない。けれど生活費の殆どがキラの給料から出ているため、アス兄も仕事については何も口出しできない現状だった。アス兄はずっと昔の友人のことや、プラントの情勢について尋ねていた。キラは微笑みながらそれに答えた。

夕食を終え、オレは片付けを済ませたらすぐに自室に戻った。リビングではまだキラとアス兄が話をしているのだろう。リビングにキラがいるということ自体が本当に珍しいことだから、オレにはどうすれば良いのかわからなかった。

ぱらぱらと雑誌をめくりながら、気付けばもう2時間は経過していた。オレはいつの間にか暗くなっていた室内の電気をつけると、雑誌を仕舞いベッドに寝転がる。そういえばリビングから聞こえていた笑い声が先刻から聞こえなくなっているような気がする。耳を澄ますが、笑い声どころか話し声すら聞こえなかった。しかし出かけた様子はないから、シャワールームか自室にでも行っているのだろう。それなら今のうちに明日のアス兄のお弁当の準備でもしておこうかと扉に手をかけた瞬間。とんとん、と静かに扉がノックされ、オレは驚いて動きを止めた。アス兄はいつも扉にノックなんてせずに、オレの名前を叫んでくる。ということは扉の前に立っているのはキラだろうか。とんとん、と2度目のノックが鳴り、オレは静かに扉を開いた。予想通り、そこにはキラが立っていた。

「夜遅くにごめんね」

「…別に、」

第一、夜遅くといってもまだ10時を少し過ぎたところだ。扉の向こうに見えるリビングには他に人影はなく、おそらくアス兄はもう眠ってしまったのかもしれない。彼はいつも朝早くに出勤するから、眠るのも早いのだ。

オレは静かに微笑むキラの顔を見ることが出来なくて、少し俯いてしまう。キラの笑顔は優しくて怖い。常に浮かんでいるその微笑は、おそらくそれが素の表情なのだろうか。だったらオレはますますキラの顔を直視できないな、と思った。

「あのね、これ、お土産」

そう言ってキラは、白い紙袋をオレに手渡した。受け取るとそれはずしりと重い。何だろうと袋の隙間から中身を覗いて見るが、それは白い箱に入っていて何かわからなかった。

オレはその紙袋を持ったまま、部屋を出る。リビングのテーブルの上にそれを広げた。大きすぎず、小さすぎないその箱をそっと開く。中には白いティーカップが3セット入っていた。それを見て、オレは目を見開く。

「…これ!」

「アスランが前に、シンがティーカップを欲しがってたって教えてくれたから…」

「でもこれ…こんな高価なもの、」

オレはカップを取り出し、そっとテーブルの上に置いた。プラントで有名なブランドで、前々から欲しいと思っていたのだがオーブの店ではとても高すぎて買えなかったのだ。といってもプラントに行けば安く買えるというわけでもなく、欲しい欲しいと思っていたものの殆ど手に入るとは思っていなかった。

「欲しかったの、これじゃなかったかな」

キラの表情が、ほんの少しだけ翳る。オレはぶんぶんと首を振った。

「これ、これです…でも、」

「そう。ならよかった」

そう言ってキラはにこりと微笑むから、今更高すぎてもらえないなんてことも言えずオレはただ「ありがとうございます」と言った。



午前11時。アス兄とキラが仕事に行ってしまい、オレは手早く皆の部屋を片付け掃除機をかけると外へ出た。午後からは孤児院の手伝いに行かなければならないので、自由に動けるのは午前中の少しだけだ。

昨日買い物に行ったばかりなので、今日は何もせず海岸沿いをバイクで走る。目的地は慰霊碑だ。いつもは孤児院へ行った帰りに寄っているのだが、今日は久々に明るいうちに行ってみようと思ったのだ。

慰霊碑の周りには未だ草花はなく、ただ切り立った崖と地面があるだけだ。ここに来る人間は他にいないらしく、慰霊碑はいつも寂しく風に吹かれている。オレは何をするわけでもなく呆然と慰霊碑の前に立っていた。そして両親や妹と暮らしていた頃をただ思い出していた。今の生活に文句があるわけではない。ただ、忘れてはいけないと思うのだ。

じゃり、と地面を踏む音がして、オレは驚いて振り返った。ここに来る人間なんて、他にいないと思っていたからだ。そして同じく驚いた顔をして背後に立つ人物を見て、オレは言葉を失った。

「驚いた…ここに来る人はいないと思っていたよ」

そう言って両手に花束を抱えているのは、キラだった。いつもの私服で、微笑みながら立っている。何も言わないオレの隣をすり抜け、キラは慰霊碑に花を添えた。

「そういえば昼は孤児院にいるんだっけ。大変だね」

キラは未だ呆然としているオレにそう言った。オレは首を振る。

「…別に、それほどでも。…あの、仕事は」

「これも仕事のひとつかな。仕事といっても、僕が勝手にやってるだけなんだけどね」

言ってる意味がよくわからなくて首を傾げると、キラはくすりと笑ったがしかし何も言わなかった。キラはじっと海の向こうを見つめていて、オレはそんなキラを見ていた。風が吹くたびに茶色い髪がさらさらと流れていて綺麗だなと思った。綺麗だけれど、キラの表情は少し悲しげに見えるのは何故だろうか。

するとキラはこちらを向いて、くすりと笑った。そしてすっと手を伸ばし、オレの髪に触れる。

「風の所為かな?あちこち撥ねてるよ」

「…これはクセ毛で、」

「そうなの?でも可愛いね」

そう言うとキラはくしゃくしゃとオレの髪を撫でた。可愛いなんて、言われても嬉しくない。思わずむっとした顔になるが、しかしキラはそれすらも楽しいらしくくすくすと笑っていた。

「じゃあ僕、そろそろ仕事に戻らないと」

そういわれオレも携帯を開き時刻を確認する。もうすぐ12時だ。孤児院に行くのは1時だから、早く家に戻って昼食を食べなければいけない。

じゃあね、と言いキラは踵を返した。しかしその先にあるのはオレのバイクだけで、オレは首を傾げる。ここは市街地からかなり離れた場所にあるため、ここに徒歩でくるのは孤児院の人間くらいしかいないのだ。しかし辺りに車が見当たらないということは、キラはわざわざ歩いてここまで来たのだろう。この通りは交通量も少なく、バスやタクシーは走っていないから。

オレは無意識に、去り行くキラの腕を掴んだ。キラはいつもの微笑から一転、驚いた顔でオレを見た。オレは慌てて掴んだ腕を放すと、俯きながら言う。

「…送ってくけど、」

キラがこれからどこに向かうかは知らないが、しかし徒歩よりはオレが送ったほうが早いに決まっている。するとキラは暫く驚いた表情のまま固まっていたが、すぐににこりと微笑み「ありがとう」と言った。









今後キラの仕事の内容が明らかになり、ちょっとアレしてアレしつつもシンキラになる、みたいな感じの話でした。
アスランを絡めたのもそこら辺にちょっとした設定というか伏線的なものがあるからなんですが、そこまでかけなかったので結局アスランの意味がわからなくなってしまった。