「それがあんたの罪滅ぼしになるなら…オレのこと好きになってよ」
ざわざわと木々が揺れて、大きく開かれた窓から木の葉が数枚舞い込んできた。室内の空気を揺らし葉は静かに床に落ちる。もう大分太陽は傾いてきており、白い壁がうっすらと赤く染まっていた。
僕は暫く何も言わずシンの顔を見ていた。彼は表情を変えずじっと僕の言葉を待っている。僕が「いいよ」と答えると、ほんの少しだけ赤い瞳が揺らいだ気がした。
「じゃあシン、僕もう仕事行くから…お昼はそこにお金置いとくから、」
「嫌だ」
「シン…」
寝巻き代わりのTシャツ姿で、拗ねたようにシンは言う。黒い髪がつんつんと撥ねて色々な方向を向いている。しかしシンの瞳だけは、じっと僕を見据えて離れなかった。
「…じゃあお昼になったら何か買って戻ってくるよ。それなら良いでしょ?」
しかしシンは何も答えずに、そっと視線を僕の顔から足元へと移した。だらりとソファーから投げ出されていた足を、両腕で抱えるようにして座りなおす。
「嘘だよ。昼は勝手に食べるからあんたは帰ってこなくていい」
「シン、」
そう言うとシンは、一度も僕と視線を合わせようともせず、テーブルの上に上がっていたリモコンを手にとりテレビをつけた。おもしろくなさそうな顔でぱちぱちとチャンネルを変えていくが、やっていたのはどこもニュースばかりでシンはテレビの電源を切った。
そしてふと今まで立ち尽くしていた僕の方に気付き、「早く仕事行けば」と言う。シンのこういった行動は、あの日以来よくあることだった。きっと彼はわからないのだろう。平和な世界の中一人で生きる方法を。そして彼が一人になる原因を作ったのは、彼の家族を奪ったのは僕なのだから。
「…街に新しく出来たハンバーグのお店、美味しいって評判なんだ。折角だから食べに行こうか」
唐突な僕の提案に、シンの瞳が驚きに見開かれる。
「でも、仕事は、」
「昼休みだから大丈夫だよ」
じゃあ言ってくるね、と言うと、ほんの少しだけ嬉しそうに微笑むシンと目が合った。
予定通りシンと一緒にハンバーグを食べ終え、ちらりと時計を見るともう2時を過ぎようとしているところだった。昼休みは1時間前に終わってしまっている。
「…もう仕事行く時間なんだろ」
「え?」
「だってさっきから時計気にしてる。もう戻らなきゃならないんじゃないのか?」
「…大丈夫だよ」
にこりと微笑むが、シンは疑わしげにこちらを見る。シンの言う通りだった。昼休みはとっくに終わってしまっているし、しかも3時からは会議もある。そろそろ店を出なければやばいのだが、しかしシンを残して帰るわけにもいかない。無理矢理彼を街まで連れ出してきたのは僕だから、未だ戦時中の傷が癒えない彼をこんな人ごみの中に残していくわけにはいかないのだ。
「オレなら大丈夫だよ。ここまで一人で来たんだ、一人で帰れる」
「でも…」
「ねえキラ、オレのこと好き?」
唐突なシンの言葉に、僕は一瞬言葉に詰まるがすぐに「好きだよ」と答えた。シンは僕の答えをはじめから予想していたようににこりと満足げに微笑む。
「オレのこと好きなら仕事戻ってよ。ねえ、オレのこと、好きなんだよね?」
「…わかったよ」
伝票を持ち、渋々イスから立ち上がる。会計を済ませ、店を出る前にちらりとシンの方を振り返ると、シンがひらひらと手を振っていた。