・戦後パロ(CE74)
・キラ誕生日



秘密

「オレはキラさんが一番好きだよ」

にこりと微笑むシンに向かって、僕は持っていた紙コップの中身を盛大にぶちまけた。


「何やってるんですかキラさん」

困ったなあと嘯くシンのはねた黒い髪から、ぽたぽたと雫が落ちる。しかしその顔からは全然困ったような様子など伺えずむしろとても楽しそうに笑っているものだから僕は余計に頭にきて仕方が無い。

「ごめんね手が滑っちゃって。じゃあ僕もう帰るから」

そんなシンの顔を真っ直ぐ見据えて、僕は精一杯微笑み言う。シンはただ「お疲れ様です」とだけ言った。


戦争が終わり、皆元あるべき場所に帰っていった。ラクスとアスランはプラントに、カガリと僕はオーブに残ったが、僕は以前のように軍で働いているわけではない。ラクスがいない海岸の孤児院にいつまでも居候させてもらうわけにもいかず、僕は一人市街地で暮していた。毎日このモルゲンレーテの工場で一技術士として働いているのだが、しかし僕はどうしてもこの平和な世界になれることは出来なかった。平和な世界は好きじゃない。平和な世界はいつも壊れてばかりだ。

シンがモルゲンレーテにやってきたのは、戦後しばらくしてからだった。てっきり彼はプラントに戻ったものとばかり思っていたので、モルゲンレーテで彼の姿を見つけたときそれはそれは驚いたものだ。彼とは戦後慰霊碑の前で一度だけ会ったことがあるが、そのときの印象とはまるで違い彼はいつも女の子と楽しそうに喋っていた。あの時涙を流していた彼はもうそこにはいない。取り残されているのはもう僕だけで、僕は彼が羨ましくて仕方なかった。彼が欲しかった。

先刻も同様だ。僕がいつものように休憩エリアの前を通りかかると、シンの話声と楽しそうに笑う女の子たちの声が聞こえてきた。僕は気付かないふりをしながら出来るだけ足早にその前を通り過ぎようとしたのだが、彼は人ごみの中からきっちり僕を見つけ出し、そして僕を呼び寄せる。本当は行きたくない。けれど僕には彼を拒むなんてことは出来なくて、僕は渋々シンの元へ向かった。彼は知っているのだ。僕が彼を好きだということを。そして綺麗に微笑みながら、僕のことが好きだなんて嘘をつく。


「あれ、本当に帰るんですか?」

更衣室で着替えを済ませ玄関に向かって歩いていると、驚いた顔をしたシンに出会った。彼が疑問に思うのも当然だ。いつも仕事が終わるのは夜中の9時で、僕はさらに残業があるから深夜12時を回ったところで漸く帰れるのだから。しかし今はまだ昼の12時を過ぎたところで、シンは当然作業着を身につけ両手に沢山の工具を抱えている。

「あ、もしかしてサボリですか?いいなあ、オレも一緒にサボろうかな」

「違うよ、用事があるんだ」

「ああ、そういえば今日はアスハ代表の誕生日でしたね」

きっと盛大なパーティーが行われるんでしょうね、と言ってシンは笑った。しかしその笑顔は誕生日を祝おうとする顔ではなく、むしろ何かを皮肉っているような、そんな笑顔だ。そういえばアスランが、シンとカガリは仲が悪いと言っていたような気がする。

「ねえシンってば、早くしないと主任に怒られるよ」

後ろからひょこりと顔を出したのは、シンの部下である女の子だった。彼女もシンと同様に戦争で両親を亡くしたという過去を持つからか、シンは特にこの子を可愛がっていたような気がする。

「とにかく僕、急いでるから。じゃあね」

「あ、キラさん、」

まだ何か言おうとしていたシンを他所に、僕は急いで外に出た。一度も振り向かなかったためシンがどんな顔をしていたかはわからないが、おそらくまたいつものようににやにやと笑っているに違いない。彼は僕をからかうのが好きらしくて、配属が違うというのにいつもこちら側に遊びに来ては女の子と親しげに喋り、そして僕をからかって帰っていくのだ。

世界がまだ平和じゃなかった頃、僕が彼の大事な人を討ったという話をアスランから聞いたことがある。そんな遠まわしに甚振るのではなく、いっそ一思いに殺してくれればいいのに、と思った。


ぼんやりと帰路につく。マンションの一室である自室に戻ったのはもう日が傾きかけた頃だった。鍵を開け、室内に入るとどさりとソファーに倒れこむ。あと1時間もしないうちにパーティーは始まってしまうのに、どうにも気分が乗らないのだ。プラント代表という名目でラクスも来ると言っていたから、おそらくアスランも来るかもしれない。久々に皆で顔を合わせることが出来るのだろうけれど、何故だか立ち上がる気にはなれなかった。


余程疲れていたのだろうか、僕はそのまま3時間程眠ってしまったらしく、目を覚ませばもうパーティーの時間はとっくに過ぎてしまっていた。下手したらもう皆解散しているかもしれない。携帯電話を見てみると、アスランから沢山の着信とメールが入っていた。ぽちぽちと一番新しいメールを開くと、そこにはとあるホテルの名前とルーム番号が記されている。予想通りパーティーはもう終わったらしく、アスラン達はそこに集まっているとのことだった。僕は今まで仕事だったということにして、今から向かうと返事を返し漸くソファーから立ち上がった。


ホテルまでは少し距離があったが、タクシーを使うには近すぎたため僕は歩いて向かっていた。そしてふと、何もプレゼントを買っていないことを思い出す。街中はまだまだ明るく賑わっていて、僕は1件のアクセサリーショップに足を踏み入れた。

きらきらと光るアクセサリーショップには夜だというのに沢山の女の子がいてちょっと恥かしい。ショーケースの中を眺めながら歩いていると、とある指輪に目が惹かれ僕は立ち止まる。オレンジ色のストーンがきらきらと耀いていた。このオレンジ色ならきっとカガリによく似合うような気がする。そしてその隣にある、これと同じ形をした赤色の指輪。本当はオレンジ色よりも、この赤色が気になって立ち止まってしまったのだ。この赤色は彼の瞳の色と非常に良く似ていた。こんなこと、自分でも女々しいと思ってしまうのだが、僕はオレンジ色をカガリに、そして赤色を自分用として買ってしまった。おそらく一生この指輪をはめることはないだろうけれど、それでもどうしても欲しかったのだ。

店員から可愛らしく包んでもらった指輪を受け取り、店を出ようとしたところで僕は硬直した。店の出入り口に立っていたのは、隣に可愛らしい女の子を2人も並べにやにやと笑っているシンだった。

「見ましたよ、キラさん。指輪なんて買って、誰にあげるつもりですか?」

シンの隣に立っているのはおそらく部下の女の子達だろう。そういえばこの時間帯はちょうど仕事が終わり彼等が遊びに出る時間だった。女の子達はそれぞれ違うショーケースに向かっていってしまい、入り口の前には僕と彼だけが取り残されていた。

「カガリにだよ。誕生日だからね」

「え、もしかしてキラさんとアスハって、」

まさか、とシンの瞳が驚きに見開かれる。彼は今まで一体何を見てきたのだろう。僕が彼を好きだというのは、冗談だと思っていたのだろうか。

「僕とカガリは姉弟だよ」

てっきりもうアスランから聞いているものだとばかり思っていたが、どうやら彼は初耳だったらしい。驚きと疑いが混じった瞳で僕を見る。

「何言ってんですか。アスハって確かオレの2個上だからキラさんと同い年のはずですよ。姉弟だなんて、」

「本当だよ。双子だからね」

「双子!?」

驚き声を上げるシンを他所に、僕は「じゃあね」と言って店を出る。ちらりと時計を見ると、もう9時を過ぎたところだった。これ以上カガリ達を待たせては申し訳ない、と思い急ごうとしたのだが、ぐっと右腕を掴まれて僕は驚き振り返る。腕を掴んだのは、シンだ。

「もう、僕は今急いでるんだ。いつもみたいにキミにからかわれてる場合じゃあ、」

「双子ってことは、じゃあ今日はキラさんの誕生日だっていうんですか?」

シンは僕に尋ねる。僕は答えたくなかったが、彼の真っ直ぐな赤い瞳に負けてしまい渋々小さく頷いた。するとシンは「何で早く言わないんですか」と言ってより強く僕の腕を掴む。

今日が来るまで何度も何度もシンに誕生日を教えようかと迷っていた。もしかしたら何かもらえるかもしれない、という思いが少しだけあったからだ。でも悩めば悩むほど、シンが僕なんかの誕生日を祝ってくれるわけがないということに気付いてしまって、だから何も言えずにいたのだ。

シンは僕の腕を引き、アクセサリーショップの中に戻る。ショーケースの前にいた、先刻シンと一緒に居た女の子達が嬉しそうにシンを出迎えた。シンはにこりと微笑むと「ごめん、予定入ったから帰るわ」と言って踵を返す。女の子達は驚きや戸惑いの声を上げているが、しかしシンは振り返ることなく、僕の腕をしっかりと掴んだまま歩き出した。


僕はどうすれば良いのかわからずに、ただただシンの後を歩き続けた。先刻からポケットの中の携帯電話がぶるぶると震えているが、全然気にはならなかった。

人気のない小さな公園の前でシンは立ち止まった。そして振り返り、掴んでいた手を離した。

「ごめん、誕生日なんて全然知らなくて…てゆーか、あんた冬生まれっぽい顔だから勝手に冬生まれだと思い込んでて、まさか今日だなんて思ってなくて…だから何もあげられなくてごめん」

「いいよ、別に」

これは強がりでもなんでもなく、僕の本音だった。教えてないのは僕の責任だし、彼には僕にプレゼントをあげなければならないような謂れも義務もない。もらえないことだってわかっていたから悲しくもない。しかしシンは首を横に振る。

「でも折角の誕生日なんだから…そうだ、さっきの店に戻って何か買って、」

「いいんだ、本当に。何もいらない」

シンはいつも僕をからかってばかりだが、本当はとても優しい。きっとシンは誕生日というものをとても大切に思っている人なのだろう。だから僕はシンに誕生日を教えたくなかったのだ。からかわれるのは嫌いだけど、それでも相手がシンだったから僕はそれを拒絶せずに受け入れていた。彼がからかっているのは僕だけで、その事実だけで僕は嬉しかった。もし今ここで彼から何か受け取ると、それは僕が他の女の子達と同じだということになってしまう。それだけは絶対に嫌だった。

何もいらない、という僕の言葉に、シンは納得がいかないようで不満げな表情になる。

「でも、」

「僕が欲しいのはきみだけだよ」

僕がそう言うと、彼の瞳が驚いたように見開かれた。お店で売っているような赤い宝石はいらない。僕が欲しいのは、その深くて赤い瞳だけだ。もちろんもらえるわけはないし、シンが僕のものになるなんてことはあり得ない。だから僕は何もいらないのだ。

きっとシンだってそのうち可愛い女の子と付き合うようになって、だんだんと僕をからかうことも、話をすることすらなくなるんだ。名前だって忘れてしまうかもしれない。シンだってわかっているはずだ。どんなに大切にしていた家族だって、離れてしまえばその存在すら薄くなってしまい、そして平和な世界の中でだんだんと思い出すこともなくなっていくのだろう。彼が今僕をからかうのは、きっと平和な世界の中で僕だけが浮いているからだ。僕がいくら彼を思い続けても、家族ですらない僕のことなんて彼が覚え続けてくれるわけがないのに。

「いいよ、あげる」

しかしシンは静かに微笑んでそういった。見たことの無い笑顔だった。僕には彼のその言葉の真意も何もわからなかったけれど、ただ「ありがとう」とだけ答えた。









シンはほんとにキラのこと好きです。