行くあてが無いというオレにその手を差し伸べてくれたのは、意外なことにキラヤマトだった。彼とは何度か対面したことはあるが、しかし生身の姿を見たのはその日が初めてだった。アスランと何か話をしている彼を見てオレは、オーブでの彼の友人だろうか、と思った。それ程に彼は戦場に相応しい容姿をしていないからだ。しかし予想外にアスランの口から出たのは彼がキラヤマトだという言葉で、オレは唖然と彼を見ていた。憎しむ気持ちはもう無かった。けれど、しかし笑いあえるかというとそれはまた別の話で、オレは想像とはまるで違ったキラヤマトの姿にただ呆然と彼の瞳を見ていた。彼は静かに微笑んでいたけれど、よくよく覗けばその瞳の中にオレと同じ色を見つけ、オレは変な安心感を持ってしまいつい涙を零した。何も言わず彼はそれを受け止めてくれた。オレの中のキラヤマトは、とても優しい、しかし可哀想な人間だ。
「…お昼ご飯出来ましたけど、」
「ありがとう、これが終わったら行くよ」
昨夜と全く同じ姿勢のまま、キラヤマトはこちらを見ずにそう言った。今彼が軍でどんな仕事をしているかは知らないが、しかし相当な地位にいることは聞いている。彼はいつも沢山の仕事を持ち帰ってきて、昼までずっとそれをこなしているのだ。おそらく今日もいつものように休憩も取らずにずっと仕事をしていたのだろう。
両腕を上げてぐっと伸びをしながら、最初の返事から約5分後にキラは部屋から出てきた。うっすらと顔色が悪いような気がしたが、しかしそれがいつもの顔色のような気もする。それでも彼はにこりと微笑み、「僕オムライス大好きなんだ」と言って席についた。当然だ、彼が好きだと思ってオムライスにしたのだから。
この屋敷にはオレとキラの他に、マリューさんやバルトフェルドさんも一緒に暮らしている。しかし彼らは朝から夜までモルゲンレーテの工場で働いているため、この時間はいつもオレと彼だけになってしまう。昼食を食べたらすぐにキラも仕事に向かい、オレは一人で片付けをした後、海岸にある孤児院の方に手伝いをしに行くのだ。
朝食を取らない彼は大きめのオムライスを丸々ひとつぺろりとたいらげ、静かに席を立った。これから仕事に向かうのだろう。予想通りキラは「じゃあ行ってくるね」と言い、屋敷を出て行った。
彼がどこで働いているのかは知らない。オーブの軍人だと思っていたのだが、しかし彼は軍服を着て出かけることは少ない。その殆どが私服で、そしていつも昼に出勤し夜中に帰ってくる。帰ってきたときは本当に疲れきった顔をしていて、シャワーを浴びてすぐにばたりとベッドに倒れこむのだが、ほんの数時間眠るとまた目を覚まし持って帰ってきた仕事に励むのだ。マリューさんに尋ねてみたことがあるが、しかし明確な答えはなかった。彼女曰く、キラは軍籍にはなっているが、しかしモルゲンレーテの方で彼を見かけたことはないらしい。ということはもっと重役で、それこそアスハ代表の側近のようなことをしているのだろうか。考えるが、オレにはちっともわからなかった。
オレは食器を洗い片付けると、急いで着替え孤児院に向かった。
その日もいつも通り夕食の準備を終え、オレはぼんやりと一人ソファーに座ってテレビを眺めた。マリューさん達は明日も早いためもう眠ってしまっている。テレビでは流行の歌が流れていたが、オレにはわからないのでテレビを消した。
「…シンくん、まだ起きてたの?」
ぱたぱたとマユの携帯を弄っていたら、突然後ろから声を掛けられオレは驚き振り返る。いつもの通り、疲れた顔をしたキラヤマトがそこに立っていた。
「あ、お帰りなさい、」
「ただいま」
そう言ってソファーに座る彼は珍しく手ぶらだ。普段なら沢山の書類の束を抱えているのだが、どうやら今日は仕事がないらしかった。
「…その携帯電話、キミの?」
「いえ…妹の形見で、」
「そっか」
オレは慌てて電話をポケットに仕舞った。オレの家族がオーブ攻防の折に死んだことは、彼も知っている。自分の所為だなんてことを考えていないかと、オレふと心配になり彼を見た。最近の彼は、あの日よりさらに瞳の陰が濃くなってきている。平和な世界の定義はわからないが、もし戦争のない今が平和なのだとしたら彼だけが未だ、あの時代に取り残されているようなそんな色だ。
「仕事、ないんですか?」
「え?」
「今日は手ぶらだから、」
ああ、と言ってキラヤマトは自分の手を見た。そして空になっている手をひらひらと振りながら「珍しくね」といった。そして「明日は久々に休みだから」と言い、ソファーに腰を下ろした。
コーヒーをいれて来ようかと提案したが、しかしキラヤマトは首を振った。疲れているのだろうか、彼はぼんやりと瞳を伏せている。邪魔をしない方が良いのだろうと思いソファーから立ち上がろうとしたところ、「シンくん」と呼ばれオレは動きを止めた。振り向くと、キラヤマトがこちらを見上げている。
「明日、遊園地に行かない?」
「…え?」
予想外の彼の言葉に、オレは驚きを隠せず目を見開いた。すると彼は「突然こんなこと言ってごめんね。忙しいのに」と言うので、オレは慌てて首を振る。
「いや、あの、全然良いんですけど…でも、折角の休みなのに、」
「折角の休みだから、だよ」
再度「嫌かな?」と尋ねられ、オレは首を振る。まさか彼と遊園地に行く日が来るなんて、思ってもいなかったからだ。
「遊園地、好き?」
問われ、オレは頷く。といっても遊園地なんて過去2回くらいしかいったことがないが、しかし遊園地のあの皆が楽しげな雰囲気は大好きだった。
「そう。よかった」
そう言って微笑むキラヤマトの瞳の色に陰は薄く、オレもつられて微笑んだ。明日は彼に平和になった世界を見せてあげようとそう思った。