・シンキラ戦後パロ
・シンに奇行が多い
・シンがちょっとやばい子っぽい



解 体

ガシャンと大きな音を立て、綺麗なフローリングの床に粉々に砕けた真っ白な食器の破片が散らばった。それほど高くないベッドから落ちただけなのに、放ったシンの力強さからか硝子は跡形もなく砕けてしまっている。

シンははあはあと肩で息をしながら、皿を落とした体勢のままベッドの真ん中に座っている。ゆらゆら、と赤い瞳が揺れていて、僕はそれから目が離せずにお盆を持ったまま立ち尽くしていた。

「…シン、」

名前を呼び、近寄ろうを足を踏み出す、が。

「名前を呼ぶな!」

シンは叫び、その燃えるような赤い瞳で僕を制した。そしてベッドの上に転がっていた小さな赤いクッションを、僕に向かって投げつける。僕はそれを難なく受け止めると、シンはつまらなさそうな顔をしてこちらに背を向けてしまった。

僕は小さな息をひとつ吐いて、あかいクッションをベッドの脇に置き持ってきたお盆を落ちた破片の傍に置いた。そしてその場に屈みこみ、粉々になってしまった硝子をお盆の上に拾い集めていく。音のないこの部屋はしんと静まり返っており、かちゃり、かちゃりと破片の重なる音だけが響いていた、その時。

「痛っ、」

右手の人差し指にちくりと鋭い痛みが走り、僕はつい声を上げてしまった。はっと左手で口を押さえながら、じんじんと痛む右手を見る。破片のひとつで切ってしまったらしい。人差し指からつーっと、赤い血が垂れた。

「キラ?」

その時、眠っていると思っていたシンが、窺うような声と共にがばりと起き上がった。そして、床に屈みこみ指を押さえる僕を見る。先刻の怒りに満ちた瞳から一転、彼はもぞもぞとベッドの端により、心配そうな目で僕の顔を覗き込んでいる。

「なんでもないよ、気にしないで」

僕は急いで傷ついた指を体の後ろに隠し立ち上がる。大丈夫だよ、そう言って微笑むが、シンは不審そうに僕の顔を窺っている。にこりと笑顔を作るが、右手の人差し指はそんな僕の邪魔をするかのようにずきんずきんと痛み出し、止まらない。痛みを誤魔化そうとぎゅっと右手を握ったその時。

「キラ、血が出てる…指、オレの所為で、」

震える声で、シンは言った。

「違う、キミの所為じゃない!」

何故気付かれたのだ、僕ははっと後ろを振り返ると、僕の足元にはぽたぽたと赤い斑点が散らばっていて、ち、と舌打ちした。思いのほか傷は深い。血は止まることを知らず未だどくどくと溢れ出ている。

「大丈夫だよ、大丈夫だから」

右手をポケットの中に隠し、にこりと微笑み僕はシンの顔を見た。だが彼の瞳はぐらりと赤く揺れており、僕の言葉など全く届いていない。そしてシンはベッドから降り、散らばる破片などまるで気付かないかのような勢いで、僕のもとへ駆け寄ってきた。

「血が、…すごいいっぱい出てる…オレの所為で、」

シンは床に散らばる赤い斑点を指先でなぞると、震える声で言った。

「大丈夫、すぐに止まるよ。なんてことない、だから安心して」

僕はあいている左手でシンの肩を掴み、安心させるように囁く。しかしシンは僕の右腕を力任せに掴み上げると、無理矢理ポケットから引きずり出した。強い力。振り解こうと思っても、僕の力では軍人であったシンには全く敵わない。悔しい。

シンは僕の腕を掴んだまま強引に引き、部屋を出るとリビングの中央にある大きなソファーに無理矢理僕を座らせた。僕はすぐに立ち上がろうと思ったが、シンに両手でソファーに押さえつけられ立ち上がれない。僕が抵抗を止めると、シンはほっと安心したような顔をして立ち上がり、なにやら戸棚を漁り始めた。ここはシンの家だから、シンの方が勝手は詳しい。戸棚から何かを取り出すとまた僕のもとに戻り、隣に腰を下ろした。

「ごめん、オレ、キラを傷つけようなんて…」

シンは泣きそうな声で、震える手で必死に取り出した絆創膏を僕の指に巻く。

「ありがとう、もう大丈夫だから」

必死に謝り続けるシンの頭をぽんぽんと撫で立ち上がろうとしたが、またシンに肩口を押さえ込まれ遮られる。そしてシンは自らが立ち上がると。

「キラはここで休んでろよ。オレが片付けてくるから」

「でも、」

「いいから、ここにいろよ!」

シンはそう言うと、先刻の泣きそうな顔から一転、にこりと微笑み部屋に戻っていった。僕は一緒について行こうと思っていたのだが、何故か立ち上がることが出来ずにぼんやりと、彼にまかれた絆創膏を眺めた。そこには未だに彼の温もりが残っている。


ここはシンの自宅だ。戦争が終わり、ラクスは議長となってプラントに。アスランもそれについて行ってしまった。カガリは国の仕事で毎日忙しそうで、僕も最近ではテレビの中でしか彼女の姿を見ていない。ザフトの子だった女の子2人も、当初はオーブにいたのだがプラントが復興すると共に軍に復帰した。

シンも、一緒に戻ったのだと思っていた。


戦後、彼とは一度しか会っていない。慰霊碑の前で見た彼は、赤い瞳を辛そうに揺らがせて泣いていた。そんな彼を僕はとてもいとおしく思ったけれど、僕にはそんな資格などない。彼がオーブで暮していると知ったのは、それから半年が経った日のことだった。僕はすぐに、彼の元へと駆け出していた。あの慰霊碑でのことを、僕は今でも忘れずに鮮明に覚えている。彼は僕に似ていると、あの日そう直感していた。


「…どうして貴方が」

僕が目の前に現れたその日、シンは僕の姿を見、そう呟いたまま動きを止めてしまった。もしかしたら忘れられているかもしれないと危惧していたのだが、シンは僕のことを覚えていた。人と殆ど接触していなかったらしいシンは、まず誰かが家を訪ねてきたことに驚き、そしてそれが僕だということに驚き、さらに僕が抱えている大きな荷物を見て驚いていた。

「ごめんね、邪魔だったかな?」

「邪魔じゃあ、ないですけど、でも」

僕達は会話をしたことなど片手で足りるほど少なく、面識がない。だからシンはどうすれば良いのかまったくわからないという顔をしていた。瞳は冷たい赤色をしている。僕がにこりと微笑むと、ほんの少しだけ、その瞳が揺らいだ。

「じゃあ入ってもいい?」

僕がそう問うとシンは暫く考え込むが、

「どうぞ」

と言って体を玄関の端に避けた。僕はそんな彼の横をすり抜け、室内に入る。一人暮らしにしては広いマンションだった。おそらく、オーブから援助金が出ているのだろう。

僕は抱えていた大きな荷物を床に置き、勝手にリビングの真ん中にあるソファーに腰掛けた。シンもテーブルを挟んで僕の向かい側の床に座る。

僕は目の前に座るシンの顔をじっと見た。先刻少しだけ揺らいだ瞳も、今はまた冷たい赤色に戻ってしまっていた。それに、以前見たときよりもわずかに痩せてしまっているような気もする。僕はそれを、とても悔しく思う。

「あの…」

僕の視線に気付いたシンが、戸惑いの声を上げた。

「きみ、シンくん、だよね」

「そうですけど」

「僕はキラ」

「知ってます」

シンは淡々と答えた。名前を覚えてくれていた、その事実が僕は嬉しくて、顔がにやけて止まらない。シンは不思議そうに揺れる瞳で僕を見る。

「あの、どうして貴方がこの家に?プラントに戻ったんじゃないんですか?みんな、貴方が来るのを待ってると思いますけど…」

そのみんなの中に、きっと彼は含まれていないのだろう。僕は誤魔化すようにまた微笑んで、静かに言う。

「そんなことはどうでもいいんだ。僕はキラで、キミはシン。それだけでいいんだよ」

「でも、」

僕の言葉に彼は、意味がわからない、といった様子で首を傾げる。そんなの、僕にだって意味がわからない。けれど彼には、何にも捕らわれずに、ただ僕をキラという人間として見て欲しかった。過去の罪を忘れてもらおうとは思わない、けれど。

納得できないといった顔をするシンに、僕は静かに応えた。

「僕はもう宇宙に上がるつもりもないし、オーブから出るつもりもないんだ」

「でもそれじゃあ、どうしてオレのところに、」

彼は不思議そうに、一番尋ねたかったであろう質問を口にした。しかし僕はそれに答えることはせず、にこりと微笑み傍らに置いておいた白い箱をシンに手渡す。

「これ、お土産。今日はクリスマスイブだからね」

シンは訝しみながらも箱を受け取りテーブルの上に乗せ、中を覗いた。中には真っ白なショートケーキが2つ、綺麗に並べられている。

12月24日のことだった。



12月24日。僕がシンの家に来てから、まる1年が経った。

夕食も終わり、シンがお風呂に入っている間、僕は自室で電話をしていた。パソコンからのテレビ電話で、相手はプラントにいるアスランだ。シンがいる前では何かと刺激になってしまうから、僕はいつもシンがお風呂に入った隙に、定期的にアスランと連絡を取っている。プラントに行きたいとは思わない。けれど、アスランやラクスたちがどうしているのかは気になる。

「もう1年か。そっちはどうだ?」

画面の向こうのアスランは、1年経ってもまるで変わらなかった。変わったことといえば、軍服が以前の赤色からグレーに変わったことだけかもしれない。

「何の問題もないよ。カガリも頑張ってるし。そっちは?」

「こちらも似たようなものだ。ラクスがお前に会いたがっていたぞ。ラクスだけじゃない、あのイザークですら、お前は今どこで何をやってるのかって気にしてるくらいだ」

「そうなの?意外だなあ」

くすくすと笑う僕の声が、部屋に響く。同じように笑っていた画面越しのアスランが、ふ、と真面目な顔になり、声を顰めて僕に言う。

「なあキラ、本当にこっちに来る気はないのか?」

それは、アスランがずっと以前から僕に言っている言葉だった。ラクスやアスランがプラントへ行くと決めた日、アスランはてっきり僕も一緒に行くものだと思っていたらしい。僕はもう宇宙に上がる気はない、と言っているのに、アスランはあれから何度も僕を誘ってくる。もちろん、僕の答えはいつでもノーだ。

「何度も言うようだけど、僕はここから離れる気はないんだ」

「何故だ?カガリから聞いたぞ。お前、シンと一緒に暮しているんだって?」

「うん、そうだよ」

僕は微笑むと、アスランは面白くない、というように顔を顰めた。テレビ電話はイヤホンとマイクで行っている。そしてアスランが今日に限っていつもよりしつこく誘ってくるものだから、僕はすっかり時間のことなど忘れてしまっていた。

「何故だ?両親と暮らすのをやめてまで…どうして」

ぱさり、と遠くで微かに音が聞こえ、僕は振り返る。まさか、と思い立ち上がり扉を開くと、ぱたんと静かにシンの部屋の扉が閉じるのが見えた。

「キラ?どうした、キラ」

突然画面からいなくなった僕を、心配するようにアスランは叫ぶ。

「ごめん、ちょっと用事!また今度ね!」

「おい、まだ話が」

ごめんね、と小さく謝り、僕はパソコンの電源を切った。アスランがまだ何か言っていたような気がしたが、今はそれどころではないのだ。迂闊だった。

部屋から出ると、扉の傍にバスタオルが落ちていた。まだ温かく濡れているそれをソファーの上に放り投げ、僕はシンの扉の前に立った。


「シン!シン、あけて、」

どんどんと扉を叩き、ドアノブを回す。何故か部屋に鍵はかかっておらず、僕はゆっくりと扉を開いた。室内は電気がついておらず真っ暗で、僕はそのままゆっくりと室内に入る。

「…シン?」

扉から差し込む光を頼りにゆっくりとベッドに近寄る。が、そこにシンの姿はない。確かにシンは部屋に入ったはずなのに、そう思い振り返ろうとした瞬間。

「ぅわ、」

強い力で肩口をぐっと押さえ込まれ、僕はベッドに押し倒された。痛みはないが、突然のことに頭が回らない。仰向けに倒れ込んだ僕を跨るように、シンは乗り上げ両手を僕の顔の真横に置いた。ゆらゆらと、赤く揺らめく瞳で僕を見下ろしている。

「シン、あの、」

何も言わないシンに、僕は問う。どうしよう、こんなことは初めてだった。シンはほんの些細なことでいつも錯乱したかのように暴れる。けれど、それはいつも物に当たったり、僕に当たるとしてもそれは殺傷性のない、今朝のような小さく軽いクッションを投げるといったそういう行為ばかりで、シンが直接的に僕に触れるのは初めてだった。暫く何も言わず動かなかったシンが、搾り出すような声で言った。

「どうしてこの家に来たんだよ」

それは、1年前の今日にも問われた質問。

「シン、」

「なあ、教えてよ。どうしてオレなんかのところに、」

今にも泣き出しそうだ、と思う。けれどその瞳から涙は零れない。部屋に光なんかないはずなのに、シンの瞳は赤く耀いて見えた。シンはぐっと両の手のひらを握る。

「なんでだよ!なあ!」

シンは叫ぶ。が、しかし僕は目を瞑り静かに首を横に振った。それだけは答えられないんだよ、シン。ち、とシンは舌打ちすると、そのまま両肘をつき、そして僕の頭を抱え込むようにして強引に僕に口付けた。はじめ、ほんの少し抵抗しようと思った。けれど、すぐに抗うことなど出来なくなってしまう。身体中から力が抜けて、僕はぎゅっと目を瞑った。シンは苛立ったように、まるで全てを呑みつくすかのように唇を貪る。僕は苦しさにどんどんとシンの胸板を叩くと、シンはゆっくりと唇を離した。唾液が唇を伝って落ちる。それを拭うことなくシンは言った。

「早く出てけよ。じゃないとどうなっても知らないぜ」

シンの言葉に、僕は黙って首を横に振った。するとシンは一瞬悲しそうに瞳を揺らがせ、それからゆっくりと僕の首元に顔を埋める。ずきんと首筋が痛んだ。噛み付かれた。

「痛っ、」

瞬間、僕の身体がびくりと震える。シンはそのまま噛み付いた跡をぺろりと舐めた。ぞくり、と全身に痛みではないなにかが走り、僕の身体がまた振るえる。シンは顔を埋めたまま動かない。

「…シン?」

「名前を呼ぶなって言っただろ」

静かな声でそういわれ、僕は黙り込んだ。それからシンはぐっと強く僕の首筋に顔を埋め、そして暫くその体勢のまま動きを止めた。そして突然上体を起こし起き上がったかと思うと、今度は戸惑う僕の手を引き起き上がらせ、そのままベッドの横に立たされた。

僕は戸惑いを隠せずにシンを見るが、シンは僕と視線を合わせようとはしない。彼はそのまま僕に背を向けるかたちでベッドの上に座った。ここからシンの顔は見えない。シンはがくりと項垂れたまま、静かに言った。

「ごめん…オレ、またキラに酷いことした」

「そんなこと、」

僕の言葉を遮るように、シンは続ける。

「オレのことなんて放っておいていいんだ。キラが両親と暮さない理由は知ってる。レイから聞いた」

「それは、」

僕は驚きに目を見開く。レイというのは、おそらくあの少年のことだろう。そういえば彼は、シンと同じ背格好をしていた。しかしシンはそんなことどうでもいいというように、続ける。

「でもいいんだ。オレはキラがどうやって生まれたとか、そんなことどうだっていいんだ。どうしてオレのとこなんかに来たのかはわからないけど、でも、キラがここにいたいっていうんなら、ずっとここにいてもいい。だから、」

「…シ、」

僕は切なく吐き捨てるシンを見てられず、つい名前を呼びそうになるが咄嗟のところで思い止まった。シンはほんの少しだけ振り返り、言う。

「名前だって、呼んでもいい。だから、オレのことなんて放っておいてよ。オレなんかのために気を使わないでよ。お願いだから、オレの所為で傷つかないで。オレのこと、嫌いにならないで」

「シン、」

僕は泣きそうなシンにかける言葉が見つからず、ただシンの名前を呼んだ。しかしシンは振り返ることもなく、また、何も言わない。もう戻れない。

僕は静かに部屋を出た。


そして数分後、僕が扉を開くと、シンは驚いたようにこちらを見ていた。急ぎ足でベッドにいるシンに近寄ると、手に持っていた赤いマフラーをシンの首に巻く。部屋は暗くてよく見えないけど、赤いマフラーはシンにとてもよく似合っている。

「よかった、似合う」

ほっとして僕が呟くと、シンは戸惑いを隠せない瞳で言う。

「どうして…」

僕は返事をせずに、シンの手に触れた。びくり、とシンの身体が震える。僕はそのままシンの腕を掴み手を引きベッドから降ろすと、ゆっくりと部屋を出た。シンは何も言わずに黙ってついてくる。シンをリビングのソファーに座らせると、僕はキッチンへ行き、冷蔵庫から白い箱を取り出した。皿を2枚、フォークを2本持ち、またリビングに戻る。シンは、ぼんやりと僕の方を見ていた。

「ねえキラ、なんで」

「今日はクリスマスイブだからね」

僕はテーブルに白い箱を置くと、中からいつぞやと同じ形の、白いショートケーキを2つ取り出し皿に分けた。片方の皿とフォークをシンに渡し、僕はケーキを食べ始める。が、それを手に取ろうとする様子のないシンに、僕は首を傾げ問う。

「食べないの?」

僕が問うと、シンはぽつりと呟いた。

「クリスマスなんて…忘れてた。オレ、キラに何も用意してない」

シンは言う。その瞳から燃えるような力はなくなっているが、しかし冷ややかな印象もなかった。戦争が始まる前、彼はもう忘れてしまっているかもしれないけれど、僕は覚えている。今のシンは、あの時の瞳の色と同じだ。それが僕はどうしようもなくいとおしくて、にこりと微笑むとまた、シンの瞳がぐらりと揺れた。

「いいんだよ、シン。僕が勝手に用意しただけなんだから」

「でも、」

「それに僕は、もう充分シンからプレゼントをもらったから」

オレは何もあげてない、とシンは言う。僕はにこりと微笑んだまま、何も答えなかった。答えなどない。あるのは首筋にちくりと熱く、痛む傷痕だけだ。









クリスマス用。
シンの奇行が書きたかった。