・シンキラ学園パロ
・キラがいじめっこっぽい
・シンが熱血
・アスランの意味がわからない



沈 黙

午前10時を少し過ぎたところ。授業はもうとうに始まってしまっていて、学校前はしんと静まり返っていた。シンはカバンを肩にかけなおし、玄関に向かって歩き出す。ふと校門からは見えない住宅街側の壁、職員用駐車場と非常階段があり、普段なら誰もそこには近づかないような場所で何か話し声が聞こえたような気がしてシンは立ち止まった。

窓を開けている教室から声が漏れているのだろうか。そう思い耳を済ませてみる。やはり声は聞こえてきて、しかもそれは教師の声とは思えない、とても澄んだ甘い声だった。こんな時間にこんなところで一体何をやっているのだ、と思いシンは歩み寄る。足元が草なので足音を立てないように気をつけながら、シンは非常用階段に近づいた、その時。

「お願いだ、許してくれ!」

先刻の声とは違う、低い男の声がして、シンは思わず隠れた。フェンスの隙間からちらりと様子を窺うと、かちっとしたスーツ姿の、おそらく教師と思われる男が見えた。シンの学年では見たことがないので、おそらく違う学年の教師なのだろう。がさがさした低い声で、必死に何か喋っている。誰と喋っているのだろうか、シンは覗き込むが、ここからもう一人の姿は窺えない。

「これで勘弁してくれ!頼む!」

男はそう叫ぶと、懐から金が沢山入っていそうな分厚い財布を取り出し、投げ捨てるように地面に置くと反対方向に走り出してしまった。

「…なんだったんだよ…」

咄嗟に顔を引っ込めたお陰か、シンの姿は見つからなかったらしい。カツアゲだろうか、シンは考える。でも教師相手にカツアゲだなんて、一体誰が。こっそりと校舎の影から様子を見た。生徒だった。シンと同じ位の年恰好に、同じ制服。茶色い髪がさらさらと風に揺れていて、綺麗だな、とシンは思った。顔はよく見えない。少年はじっと落ちた財布を見ていたが、ふう、と溜息を吐いたと思うとそれを拾うことなく歩き出す。

「おい、あんた!」

シンは思わず飛び出した。少年は少し驚いた顔をしていたが、すぐににこりと微笑む。可愛い。シンはどきりとした。その感情を誤魔化すように落ちた財布を拾うと、少年に向かって差し出す。

「良い歳こいてカツアゲかよ。しかも、教師相手に」

そうだ、いくら可愛い顔をしていたって、こいつは男だし、教師相手にカツアゲするような最低ヤロウなのだ。そう自分に言い聞かせ、じっと少年を睨みつける。少年はぼんやりとシンの顔を見ていたが、手渡された財布を見てまたひとつ溜息を吐くと、

「それ、キミにあげる」

と言って、立ち去ってしまった。

「おい!」

困惑したシンが振り返り呼び止めるが、少年が立ち止まることはなかった。


シンは今日2週間ぶりに学校に登校する。病気だったわけでも、入院していたわけでもない。停学だ。知らない高校生相手に少し派手な喧嘩をして、運悪く警察に厄介になってしまったのである。シンは一人暮らしのため、代わりに迎えに来た担任が「またか」といって苦笑していた。

がらりと教室の扉を開くと、中にいた生徒が一斉にシンに注目する。

「なに見てんだよ」

誰にというわけでもなくシンが呟くと、生徒は戸惑いながらもシンから視線を外した。シンはずかずかと歩きながら、窓際の一番奥の自分の席にカバンを置く。

「シン、書類とハンコ持ってきたか?」

教壇から担任が言う。シンはごそごそとカバンの中を漁るが、そもそも持って来ていないことを思い出して首を振った。そしてようやく、自分の隣の席に座る人物を見る。

「…あんた、」

シンは驚きのあまり言葉が出なかった。先刻のカツアゲ美少年が、隣の席に座っていたのだ。少年はシンをみてにこりと微笑むが、それ以外に何も言うことはなかった。

ぼんやりと黒板を見ながら、シンは考える。2週間前には多分、こいつはいなかったはずだ。シンはクラスメイトの顔をよく把握していなかったが、あれだけインパクトのある顔立ちならいくらシンでも覚えているはずだった。ちらりと隣の席を見る。彼は大人しくノートをとっていた。シンもノートをとろうかな、と思ったけれど、机の中にもカバンの中にもノートは見当たらなかったのでやめた。よく考えたら、筆記用具も持ってない。

教師が「これは難しいからなあ」と言いながら、「キラ、答えてみろ」と言った。誰だろう、とシンは教室の中を目で探す。立ち上がったのは、隣に座る少年だった。

(キラ…?)

やはり聞いたことのない名前だ。キラと呼ばれた少年は立ち上がり黒板の前に出ると、すらすらと問題を解いていく。シンにはそれがあっているのか間違っているのかわからなかったが、女子がきゃあきゃあ言いながら喜んでいるところを見ると、どうやら正解らしかった。キラはそんな彼女らににこりと微笑み席に着く。

(こいつ、本当にさっきのカツアゲ野郎なのか…?)

シンはぼんやりと窓の外を見た。


昼休み、いつも購買にパンを買いに行くシンは、その日もいつものように購買でやきそばパンを買って教室に戻った。すると、自分の席の周り、というよりも、キラの席の周りに大量の男子生徒、それも素行の悪そうな人物ばかりが集まっている。当然隣にあるシンの席も占領されていて、シンは自分の席に座る生徒の前に立った。

「邪魔なんだけど」

シンがそう言うと、男は一瞬怯んだように席を立とうとしたが、しかし立ち上がらなかった。

「他の席に座ればいいだろ」

「じゃあテメーが他所行けよ」

シンはガタンと机を蹴る。普段ならばシンを怯えてが、誰もこの席には近寄らないというのに、一体何がどうなっているのかわからなくてシンはとてもイライラしていた。男にもそのイライラが伝わったらしく、彼はゆっくりと席から立ち上がろうとする、が。

「何やってんだよお前、立つことねーだろそんなヤツ」

隣にいた、男の連れと思われる集団の中の一人が、にやにやしながら言った。

「んだと?」

がたん、と勢いよくシンは自分のイスを蹴った。立とうかどうか迷っていた男は、ずてんと床にしりもちをつく。イスは壁に当たって倒れた。ち、とシンは舌打ちする。がやがやと周りが騒がしくなってきた。面倒ごとは嫌いだ。自分達の近くで弁当を食べていた生徒達は、こそこそと避難し始めた。周りの生徒の避難も終わり、あたりに自分達しかいないことを確認すると、シンはゆっくりとワイシャツの袖をまくる。

「どけよ。オレは別に、力ずくでもいいけど」

シンは静かに言った。ざざざと音を立てて、取り巻き連中の数人がシンの傍から離れる。が、にやにやと難癖をつけてきた男だけは退けずにシンを睨みながら立ち上がった、その時。

「だめだよ?喧嘩は」

殺伐とした空気の中、のほほんとした声が聞こえ、シンは一人黙々と弁当を食べていたキラを見た。今朝と同じ、澄んだ綺麗な声だ。シンに向かってにこりと微笑むと、そのにこやかな表情のままシンの前で立ち尽くす男に向かって言う。

「昼休み、もう終わるから早く教室戻ったほうがいいよ」

キラがそう言うと男は「はい!すみませんでした!」と威勢良くお辞儀をし、シンの席にいた生徒数人を連れ足早に教室を去っていく。ようやく席に座れる、そう思いほっとしたシンに聞こえたのは、昼休みが終了する鐘の音だった。

シンは買ったパンをカバンに詰めると、そのまま扉に向かって歩こうとする。ちらりとキラを見ると、丁度キラもこちらを見ていてばちりと目があった。

「帰るの?」

キラは問う。シンは「別に」と言い、そのまま教室を出た。


屋上で遅くなった昼ごはんを食べ、少し昼寝をしたシンが目を覚ましたのは、丁度帰りのHRが終わる時間だった。フェンス越しにグラウンドを眺めれば、そこには部活動の準備をし始める生徒が集まっている。校門は帰宅する生徒で満杯だ。

シンはカバンを持つと、教室に向かって歩き出した。教室に用事は無いが、今帰れば確実にあの混雑に巻き込まれてしまうからだ。

「シン!」

ぶらぶらと人気のない廊下を歩いていると、誰かに名前を呼ばれた気がしてシンは振り返る。廊下の奥で手を振っていたのは、隣のクラスのルナマリアだった。ルナマリアとは中学の頃からの仲だ。

「ちょっとシンってば聞いたわよ?あんた、キラさんに喧嘩売ったんですって?」

「え?」

シンは首を傾げる。そういえば昼間なにやら悶着あった気がしたが、だがあれは別にキラに喧嘩を売ったわけではないからだ。それ以外でも、キラに喧嘩を売った覚えなどなかった。

「別に売ってねーよ。…てゆーか、あいつ誰?あんなヤツうちのクラスにいたっけ?」

「ああ、シンが停学し始めた日に転校してきたのよ」

「転校?」

どうりで知らないわけだ、とシンは一人頷いた。ルナマリアは続ける。

「家はかなりお金持ちで、頭も良くってあの容姿!シンがいない所為で調子にのった奴等が初日でキラさんを呼び出したんだけど、見事返り討ちにあったのよ!」

ルナマリアは目を嬉々として耀かせながら話す。シンは首を傾げた。

「返り討ち?あいつ、喧嘩なんてするのか?」

「護身術とかじゃないの?とにかく、それ以来チンピラ共はキラさんに逆らえない、っていうか、すっかりキラさんのパリシになっちゃったってわけ」

ふうん、と言いながら、シンはぼんやりと今朝のことを考えた。金持ちなら、なんでわざわざ教師相手にカツアゲなんてしていたのだろうか。テストが悪くて見せしめにやった、というならまだわからないでもないが、ルナマリアの話ではキラは頭も良い。それは一緒に授業を受けたシン自身がよくわかっていた。シンが首をかしげていると、ルナマリアは思い出したように。

「とにかく、キラさんには関わらない方が良いわよ。あんたタダでさえ目つけられてるんだからね!」

そう言うとルナは走り去っていってしまった。そういえばルナマリアはバスケ部だかなにかに入っていたはずだ。同じく友人のレイも生徒会に入っていて、シンには友人と呼べるような人は彼等しかいないため、その日もまっすぐに家に帰った。校門を出るときに、今朝拾った財布をこっそり落し物入れに入れておいた。


次の日。寝坊したシンが学校につくと、時刻はもう昼で生徒達はみな各自昼食を食べていた。シンは教室に向かう途中の廊下で、同じクラスのレイと出会う。レイと会うのも久しぶりだ。昨日彼は生徒会の用事で学校を休んでいた。

「よおレイ、久しぶり」

「…今来たのか?」

レイはシンが抱えるカバンを見て、怪訝そうに言う。シンははははと笑って誤魔化すと、レイの隣を歩く。

「どこ行くの?生徒会室?」

「いや、教室に戻るところだ」

「飯食った?オレ食ってないだけど」

「…お前、なにしに学校に来たんだ?」

レイと話すのも久々で、シンは色々とレイに尋ねた。そして、最後にキラのことを尋ねようとおもったその時。

「おいおいおい泣いてちゃわかんねーよ」

嫌な声が聞こえ、2人はぴたりと立ち止まった。ここは生徒会室から玄関を通り教室棟へ行く廊下だ。

今の時間帯、殆どの生徒は教室棟から食堂にいるので、こんなところを通っているのは生徒会室に用事があったレイと、今学校に来たシンくらいしかいないのだが。

シンは耳をすまし、声の居場所を探す。ここだ、と口パクしながらシンが指差したのは、殆ど誰にも使われていない、玄関横の男子トイレだった。シンは中に入ろうと扉に手をかける。が、それを制したのはレイだった。

「関わるな、シン。今教師を呼んでくる」

「それじゃあ遅い」

「待て!今お前が入れば確実に喧嘩になる。そうなればお前は退学になるぞ」

「そうだけど…」

だがシンは、ああいった卑怯な行為が嫌いだった。それなら喧嘩だって変わらないと言う人もいるが、シンにとっては全くの別行為だ。

「何やってんだよお前ら!」

ばん、と勢いよく扉を開く。後ろでレイが溜息を吐いたが、シンには聞こえていなかった。

今にも泣き出しそうな男子生徒が一人、床にへたり込んでいる。そしてそれを取り囲むように、3人の男達が男子生徒を見下ろしていた。そして、そこから少し離れた場所。扉の隣の壁に寄り掛かるようにして、キラが立っている。

「あんた、そんなことして楽しいわけ」

シンはキラに問う。キラはいつものようににこりと微笑み、

「うん、楽しいよ」

といった。と同時、奥にいた生徒の一人、昨日の昼間キラの周りにいたと思われる男が飛び掛ってくる。

「お前、何キラさんに話しかけてんだよ!」

勢いよく繰り出されるパンチを、右手で難なく受け止めた。避けてもよかったが、そうすればキラに当たってしまう。こいつはそんなことも考えてないのかと、シンは舌打ちする。拳を止められた男は、逆上したように次は左足を蹴り上げてくる。シンはそれを左肘で受け止め、そのまま右足を男に向かって蹴り上げようとした、その時。

「お前達、何をやっている」

ばたんとタイミングよく扉が開く。扉を開けたのは、生徒会長だった。男は驚いたように後ずさり、そして舌打ちした。生徒会長の名はアスラン・ザラという。3年で、頭も良く運動神経も良い。そしてなにより理事長の息子だ。さすがのシンも、彼の顔と名前は覚えていた。アスランはちらりとシンをみて、それから3人の男達を見る。

「お前達は職員室に行け。逃げても無駄だ。顔は覚えたからな」

アスランは冷たい声で言った。アスランは全校生徒の顔と名前を覚えている、なんて話をシンはルナマリアから聞いたことがある。男達は縋るようにキラを見たが、キラはにこにこと微笑み手を振るだけだ。3人は諦めたようにがくりと項垂れながら、トイレから出て行く。アスランは、トイレの奥で屈みこむ少年の元に向かった。

シンはアスランの奥にレイの姿を見つけ、ほっとして駆け寄る。アスランを呼んだのもきっとレイだろう。レイは「だから関わるなといっただろう」と言い、汚れたシンの制服をぱんぱんと掃う。そして教室に向かって歩き出そうとしたところで、シンはアスランに呼び止められた。

「…なんですか?」

シンは尋ねる。喧嘩で停学になるのだろうか、とシンは考える。アスランは、淡々と言った。

「停学明け早々に喧嘩はするな。あと1回で退学になるぞ」

「…はぁ、」

どうやら今日は見逃してもらえるようだった。シンは、彼を呼んできてくれたレイに感謝する。

「キラ、お前もだ」

「はあい」

キラはわかっているのかいないのか、にこにことした表情のままやる気のない返事を返す。アスランの眉間に小さく皺が寄ったのを、シンは見逃さなかった。

「…わかったらもう行け」

アスランばいばい、といって、キラは立ち去った。立ち去る直前、ちらりとシンの顔を窺ったが、シンは気付かなかった。

「それとシンアスカ」

「…まだ何か?」

怒られるのだろうか、シンはそう思った。シンの赤い瞳を、冷ややかな色でアスランは見る。

「キラヤマトには関わるな」

そしてそう言うと、アスランは立ち去って言ってしまった。

「なんで?」

かかわろうにも、シンがいる前に勝手に現れてくるのだ。シンは首を傾げてレイに尋ねるが、レイもわからないようで同じく首を傾げていた。



あれから数日後。アスランに言われたとおり、シンは極力キラとは関わらないようにしていた。キラの取り巻き連中もシンとは関わらないようにしているらしく、あの日以来シンはこれといった騒ぎをおこしていない。

放課後、生徒会室に行くまで少し時間があるというレイと共に、シンは教室の隅で雑談していた。シンもあの混雑が嫌いで少し時間を潰していたのだ。すると、がらりと音がして、数人の男達が教室に入ってきた。なんだろう、と思いシンは振り返る。キラの取り巻き連中だった。彼等はシンがいることに気付きひそひそと何かを話し始めたが、頷きあうとそのままシンには関わらずに、教室の隅に行く。シンも気にしないことにして、レイとまた話し始めた。

授業のことや部活のことなどを話していたのだが、シンはどうしても教室の片隅が気になってしかたがない。教室には他にも生徒がいて、シンから死角になっている彼等が何をしているのかはわからないのだ。とその時、きゃっと小さな悲鳴が聞こえ、シンとレイは振り返る。喧嘩だろうか。囲まれているのは、数日前男子トイレにいたあの生徒だった。悲鳴を上げた女子生徒達は、足早に教室から出て行った。残った生徒も、気まずそうに教室を後にする。

「シン、手は出すなよ」

レイに言われ、シンは立ち上がった。教室を出てしまおう。見なければ手を出さなくても済む。扉に向かって歩き出したシンの後を、ほっと安心するレイが続く。が、がたん、と大きな音がなり、シンは立ち止まった。ち、とレイが舌打ちする。

「いいかシン、手は出すな!」

「わかってるよ!」

シンはぎゅっと拳を握り締めた。先刻の音は、あの生徒が彼等に殴られて吹っ飛んだらしい。教室の机が少しばらばらに動いていた。シンはちらりと彼等の様子を窺う。と、少し離れた所で相変わらずにこにこしながら様子を窺っているキラを見つけた。

「おいシン!」

レイの言葉を無視し、シンはキラに歩み寄る。

「どうかした?」

キラはシンに気付くと、にこりと微笑んだ。

「おいアレ、どうにかしろよ」

「どうして僕に?」

キラは首を傾げる。

「…アンタが指示してやってるんじゃないってことはわかるけど、でも、あんたが言えば止まるんだろ?」

「うん、そうだね」

「じゃあ、」

「そうだなあ…キミが代わりに遊んでくれるっていうんなら、止めてもいいけど」

代わらない表情でキラは言った。その瞳が、ほんの少しきらりと耀いていることを、シンは気付かない。暫く考えた後、シンは無言で頷いた。

「ねえキミたち」

キラが男達に声をかけると、男達はすぐに動作を止め、キラの前に集まる。キラはにこりと微笑み、懐から財布を取り出した。

「そんなことやってないで、お菓子かってきてよ。お釣りで遊んでいいからさ」

そう言って中から一万円札を数枚取り出すと、男達に手渡す。シンは驚いてキラの顔を見るが、キラはにこりと微笑んでいるだけだ。

「僕イレブンのあんまんがいいな。キミは?何か食べる?」

「…別に」

「じゃあよろしくね?」

キラがそう言うと同時、男達は一斉に教室を出て行った。

「お前、あんなお金、」

シンが見た限りでは、ざっと3万円はあっただろうか。それであんまんを買ってきてお釣りは好きにしろだなんて、ほとんど全額渡しているようなものだ。キラはシンの方を見て、また微笑む。シンはこの笑顔が嫌いだ。

「たいしたことないよ。それより、ちゃんと止まったでしょ?約束は守ってよね」

「…わかった」

シンは渋々頷くと、レイはやれやれというように肩を竦めた。


突然校内放送で呼び出されたシンは、キラを教室に待たせたまま職員室に向かった。今頃レイは生徒会室に向かっていることだろう。先日忘れた書類とハンコを渡して教室に戻る。教室にいたのはキラ一人で、自分の席でもぐもぐとあんまんを食べていた。先刻男達に買わせに行ったものだ。

「…あいつらは?」

シンは問う。キラは珍しく冷たい表情のまま答える。

「あの人たちならあのお金で遊んでるんじゃない?」

「いいのかよ、あんたの金だろ」

「いいよ。それに、あんな人たちと放課後まで一緒にいたら、気が滅入るでしょ」

そう言うとキラは、最後の一口だったあんまんを口に放る。いつの間に買ってきたのか机の上には缶のココアが乗っており、キラはそれをごくりと飲み干すと、それをゴミ箱に投げ。

「じゃ、あそぼっか」

と言いシンの手を引いた。


「…なんで公園?」

遊ぶ場所なんて知らない、というキラを、シンは公園に連れてきた。シンだって遊ぶ場所なんて知らない。ゲーセンでもいいかと思ったが、さっきの男達がいそうなのでやめた。

「…他に思いつかなかったんだよ」

「普通の子はみんあここで遊んでるの?」

キラはおそるおそる遊具に近づいて問う。夕方で、しかも7時をまわるところだ。公園にはシン達2人を除いて他に人はいない。

「まあ、小学生くらいまでなら、」

「ふうん。…あれなに?」

キラが指差したのは、カラフルなブランコだった。

「知らないのか?あれはブランコだよ」

「ブランコ?」

キラは首を傾げる。

「そう」

「じゃああれは?」

「あれは砂場だ」

シンの答えに、キラはますます首を傾げた。

「砂場?砂で遊ぶの?何して?」

「それは…」

シンはざくり、と砂場に足を踏み入れて、屈みこむ。

「こうやって、山とか作るんじゃねーの?」

そう言って、片手で砂をすくい山を作った。

「なんだ、きみだって知らないんじゃないか」

「いや、だから、」

説明するのが面倒で、シンはキラの手を引き砂場に引き寄せる。そしてそのまま砂の中に突っ込んだ。

「うわ、何すんの」

「文句言ってないで遊べ!城作るぞ城!」

そう言うとシンは、辺りの砂をかき集め積み上げる。しかし砂はさらさらと流れて広がってしまった。

「ばかだね、砂で城なんて作れるわけないじゃない。水ないの?水」

「水?なんで」

「固めたら作れそうじゃない?ほら、砂浜みたいに」

「ああ、そうか」

シンは立ち上がり、近くに落ちていた子供用の小さなバケツを拾うと水道に向かって走った。なみなみに水を汲んで戻ってくる。

「これでどうだ?」

ばしゃりと砂場に水をかける。砂は水を含み、どしりと重くなった。

「いけそうじゃない?で、どんな城?ハイデルベルク城とか?」

「なんだよそれ、城っていったら鶴ケ城だろ」

「それこそ知らないよ!」

現在の時刻は7時半。時折通りかかる人々が、不審そうに砂場で遊ぶシン達を見ていた。


それから数時間遊び、おなかがすいたというキラをシンはマクドナルドに連れて行った。一番近い場所にあったからだ。キラは見かけによらずファーストフードが好きらしく、さっさと店に入り勝手に注文し金を払い、奢るからいいよと微笑むがシンが頑なに拒んだため、渋々キラはシンから金を受け取った。それが1時間前。

キラが遅いからいいというがシンは「心配だから」と言い、キラの家まで送る途中だった。お互いの核心に迫らない、どうでもいいような生ぬるい会話をしながら、ぼんやりと道を歩いていると。

「キラ!」

叫ぶ声が聞こえ、シンは目を凝らした。するとシンより先に、キラが彼に気付く。

「…アスラン?」

街頭の奥から、アスランが駆け寄ってきた。

「どうしたの?こんなところまで」

キラは首を傾げる。アスランの家はキラの家の近くだが、ここはキラの家の近くではない。

「お前が帰ってこないから心配したんだろ。…キミは、」

そう言ってアスランは漸くシンに気付いたらしく、シンの姿を見て怪訝そうな顔をした。

「…どうも」

シンが無粋に挨拶すると、アスランははっとした顔でキラを見る。

「お前、また何か」

「やだなあアスラン、僕、彼と遊んでただけだよ」

にこりと微笑みキラは言う。

「遊んでた?どこで」

「うーん、色々」

「お前、自分の立場わかってるのか!?」

「アスランってば、そんなに怒らないで」

「それはお前が、」

「あのー、」

ヒートアップする2人の会話に、シンが割ってはいる。2人は驚いた顔でシンを見た。シンは一瞬怯むが、すぐに

「オレ、時間なんで帰ります」

といった。

「…ああ、すまなかったな」

「ばいばい、また遊ぼうね」

「キラ!」

ひらひらと手をふるキラを、アスランが咎めた。シンはそんな2人にぺこりとおじぎをすると、そのままその場を去った。


次の日。あれからシンが自宅に戻ったのは深夜2時を回った頃だった。キラと2人で遊び呆けたのが午前0時。キラの家が思いのほか遠くて、バスを乗り継いだり歩いたりしていたらそんな時間になってしまった。

そして起床したのが午前11時を回った頃だった。急いで仕度して学校に向かう。いくら喧嘩をしなくても、遅刻が多すぎれば進級できないのだ。

昼休みの鐘と同時にシンは玄関に入る。すると、シンの下駄箱のすぐ真下に腰を下ろしていたのはキラだった。カバンを持って、ぼんやりと携帯電話を眺めている。周りにとりまきはいない。

「…なにやってんの、あんた」

シンがそう言うと、漸くキラはシンに気付いたらしく、にこりと微笑んだ。

「キミと遊ぼうと思って」

「遊ぶもなにも、授業あるだろ」

「なにそれ、遅刻してきたキミが言う台詞?」

キラに言われ、シンは黙った。全くだ。だが、遅刻したのはキラの所為だ、と思ったが、でも熱中して遊びすぎたのは自分だし、起きれなかったのも自分なのだ。

「僕ね、一度でいいから学校サボってみたかったんだー」

そう言うと、キラはシンの腕を掴んで立ち上がる。

「さ、行こ行こ!」

強引にキラに手を引かれ、シンは歩き出した。この程度の力なら、振り解こうと思えば簡単だ。だけどシンはそれをしなかった。理由はわからなかった。


「…で、なんで公園なんだよ」

シンが連れてこられたのは、昨日散々遊んだ公園だった。昨日の名残か、潰れかけた城のような物体が未だ砂場に残っている。

「昨日ブランコ乗れなかったでしょ?だから、この時間なら乗れるかなって思って」

「ふうん」

「キミ、感動薄いね」

キラに言われたくない、と思った。

「ほら、開いてるよ」

キラはブランコを指差して歩き出す。とそこに、突然黒いスーツに身を包んだ男達が現れた。キラは首を傾げる。

「キラヤマトだな」

「そうだけど」

「バカ、名乗ってどうする!」

シンがそう叫びキラに駆け寄ろうとした瞬間。ごん、と鈍い音がなると同時、後頭部に激痛が走り、シンは意識を失った。



シンが目を覚ますと、そこは薄暗い部屋の中だった。頭ががんがんと痛むが、それどころではない。辺りは暗くてよく見えないが、隣で倒れている人物は薄っすらと見えた。キラだ。

「おい、あんた起きろ!」

「ぅん…」

ぎしり、と手が痛み、なんだろうと思い見てみると、両手が後ろ手に縛られている。無理矢理引き千切ろうかと思ったが、シンの力でもそれは無理だった。

「ったく、どうなってんだよ!」

シンが叫ぶと同時、キラがゆっくりと目を覚ます。

「痛っー…、なんなの?もう」

キラがゆっくりと起き上がる。縛られていることに気付いたらしく、困ったように首を傾げていた。

「おい、そっち向け。縄解くぞ」

「解けるの?」

キラは首を傾げる。イライラした口調でシンは言う。

「わかんないから試すんだろ。いいから早く手ぇ出せ!」

シンは無理矢理キラを後ろを向かせると、後ろ手のまま器用にキラの手の縄を外した。

「よし!」

漸く手が解放されたキラは、痛む手首を押さえながらもシンの縄を解く。

「ったく、どうなってんだよ」

同じく縄が擦れて痛む手首を摩りながらシンはキラに問う。もしかしたらキラなら知っているかもしれない。だって彼等はキラの名前を呼んでいたのだ。しかしキラにも心当たりはないらしい。

「知らないよ、もう!僕に聞かないで!」

珍しく感情的にキラは言った。

「聞かないで、って、明らかに狙いはお前だろ。…あの男達に見覚えはないのか?」

「うーん…」

シンが問うと、キラは唸りながら考え込んだ。その様子を見て、シンはぽつりと呟く。

「あんた、敵多そうだもんな」

「キミに言われたくないね!」

キラはそう叫んだあと、力なくはははと笑った。口論していても無駄だと悟ったようだ。大分目は慣れてきたが、それでもまだ部屋は薄暗くて、キラの表情まではよく見えない。

「こんなときになんだけど、」

「ああ?」

「遊んでくれて、ありがとね。ブランコには乗れなかったけど、結構楽しかったよ」

キラはまるで最後の別れのように、呟いた。シンは目を凝らしてキラを見るが、やはりその表情までは窺えない。するとぱん、とキラが手を叩いて立ち上がった。

「さ、どうするか考えないとね」

そう言って室内を歩き始める。シンも倣って探索を始めると、部屋の隅の机の上にパソコンを発見した。電源をつけてみると起動したが、しかしパスワードがかかっていて中を見ることはできない。

「ちょっとかして!」

するとキラはポケットから小さな端末を取り出すと、それをパソコンに接続した。数秒後、パスワードが解除されネットワークに接続される。

「…お前、それ」

違法じゃないのか、と問おうと思ったが、キラは

「さ、開いた開いた!」

と、テンションで誤魔化した。シンは首を傾げながらも、ディスプレイを覗き込む。

キラの操作でざっとパソコンの中身を覗いたが、データはさほど入っていなかった。しかし幸いなことに、建物内だけだがネットワークには繋がっているようだ。

「違うパソコンに接続して、とりあえずここの場所だけでも探さないと…」

キラの指が滑るようにキーボードの上を走る。機械にはそう疎くはないシンだったが、それでもキラの動作は速かった。すばやい動作で着実にネットワークに繋ぎ、さらにこのパソコンが起動していることを悟られない細工も忘れない。

「へえ、頭いいなお前」

「頭良いから優等生なんだよ」

それもそうかと納得し、シンはまた室内を探索し始める。この部屋は物置か何からしく、密閉されたダンボールが沢山あったが、中身まではわからなかった。暫くして、キラがシンを呼ぶ。

「どうした?」

シンがディスプレイを覗き込むと、そこに開かれているのはこのビル内だと思われる見取り図だった。









これで終わりかよ!というとこでネタが思いつかないので終わった。
互いに名を呼ぶことがなくともこれをシンキラだと言い張ります。
キラはシンのことをかなり気に入ってます。
シンはキラのことをなんかへんなヤツと思ってます。ちょっと気になってるけどちょっとだけです。
続きが思いついたら続く。