・シンキラ戦後パロ
・アスランがとても不憫
・シンが猛烈にアタックしている
・アスランが本当に不憫



熱 量

「それがどうした。お前にキラの何がわかる!」

ばん、と立ち上がり、感情的になった彼が言う。いつも冷静なこの人がこれほどまでに取り乱すところを見たのは、今日を含め2回目だ。以前は生死をかけた状況だったのでそういうものかと納得したが、今日彼が怒った理由は一個人に対するものだったから、オレはとても意外だと思った。オレの友人じゃあないけれど、この人も彼と同じような、常に冷静沈着でクールな男だと思っていたからだ。

彼、アスランザラは、じっとオレの顔を見、次の言葉を待っている。オレは敢えて言葉を選ばずに、素直に答えた。

「わかるさ、あんたよりは。何もわかってないのはあんただろ」

彼の緑色の目を、挑発を含めまるで睨み付けるような力強さで見つめた。この人は何もわかっていない。キラさんがどうしてそう言ったのか、とか、どうしてそういう行動をとったのか、とか、この人は全然わかっていないんだ。それは多分、そんなこと考えつきもしないからなのだろう。この人は、記憶の中にいる平和だった頃のキラさんと、今のキラさんが同じだと思っているし、同じじゃないはずがないと思い込んでいるんだ。そんなこと、あるわけがないのに。

この人は前議長の息子で成績優秀、赤服のエリートだった。この人が間違いだと指摘すれば、おそらくそれは間違いないくらいに間違いなのだろうけれど、でも、もしキラさんがそれを間違っているというのなら、オレは間違いなく正しいと答えるだろう。正しい、正しくないという問題じゃなく、オレはキラさんが望む世界にいたいから。

それは多分、キラさんにとってもオレにとってもよくないことなのかもしれない。けれど、オレはキラさんが喜ぶなら、オレを選んでくれるというのなら、間違いだって貫く覚悟は出来ている。この人に足りないものをあげるとすれば、多分それはそういうことなのだろう。

「だからどうした。キラが間違えることがあったら、それを正してやるのも優しさだ。何もかもキラに同意するだけでは、いつかは2人とも駄目になる」

彼は呆れた顔でそう言った。それはとても正しい言葉で、当たり前だというように彼は言う。現にそれは当たり前の話だから、オレにだってそんなことはわかっている。けれど、オレが言いたいのは、そういうことじゃなくて、もっと違う、正しいとかそういうことじゃない、覚悟の、心意気の話なのだ。

ようは信頼と信用の問題なのだとオレは思う。彼が信頼しているのは世界で、信用しているのは自分自身だ。間違いを正すことは出来るが、それ故の傲慢がある。オレが信頼しているのは自分だけど、信用しているのはキラさんだ。だからキラさんがそうだと言えばそうなんだと思うし、そして流されて身を滅ぼすのだろう。きっと彼はわかっていないのだ。キラさんにだって、信頼するものや信用するものがあるということを。時間と経験で、人がどれだけ成長するのかということを。キラさんだって、何も知らない子供じゃないのだから。


「何やってんの、2人とも」

扉からひょこりと顔を出しそう言ったのは、キラさん本人だった。先刻見たときはパイロットスーツを着ていたのだが、いつの間にかオーブの軍服に戻っている。手には沢山の書類やよくわからない機材を抱えていて、いつ見ても忙しそうだ。戦争は事実上終了し、それから数日が経つ。オレとルナマリアは途中このエターナルに救出され、色々ありながらも今ではキラさんを含めクルー達とは仲良くやっている。キラさんはAAの指揮官的存在で、いつもとても忙しく艦内を歩き回っていた。今もきっと仕事の途中に通りかかったのだろう。

「キラ、お前、どうしてここに…」

アスランは言う。そういえば彼は先刻キラさんと一緒にMSに乗ってどこかに出かけていたのだった。2機はAAに着艦したが、アスランはラクスさんに用事があるからエターナルまでやってきたらしい。だから何故キラさんがこの艦にいるのかを、とても不思議がっていた。

「どうしてって…だって、2人とも全然戻ってこないんだもん」

オレはというと、先刻AAの艦長さんから連絡があり、すぐにAAに来るよういわれていたところだった。何か飲んでから行こうと休憩室に入ったらそこにアスランがいて、少し話をしないかと呼び止められ、他愛もない雑談をしていたのだがいつの間にか口論になっていたらしい。彼はオレがここのところずっとキラさんにべったりだったことが気に食わなかったようだ。アスランとキラさんの関係は、本人から聞かされるまでもなく明白である。

「すまない、ちょっと彼と話をしていてな。急いで戻るよ」

「うん。ラクスがキミのこと探してたから」

先刻の取り乱し様などまるでわからないくらいに冷静に、アスランは持っていた紙コップをくずかごに捨て踵を返す。キラさんも後に続くのかと思ったのだが、オレ達の予想をよそに彼は重たそうな書類と機材をテーブルに置き、イスに腰掛けた。

「…お前は戻らないのか?」

アスランが不信そうに問うと、キラさんはにこりと微笑み言った。

「僕はシンを探していたからね。丁度良かった」

「そうか」

オレが思わずにやりと笑うと、アスランさんはつまらないものでも見るように、すぐに休憩室から立ち去ってしまった。なんだかんだ言ってあの人も感情的なんだな、と思うと、思わず笑みが零れる。

「何にやにやしてんの」

「なんでもないですよ」

キラさんは疑り深い目でオレのことを見ていたが、オレが何も言わないことがわかるとすぐに視線を逸らせた。オレは自販機でホットココアを買うと、その紙コップをキラさんの前に置いた。キラさんは、僕の方が年上なのに、と呟いていたが、その顔はどこか嬉しそうだ。

「で、話ってなんですか?」

「うん、キミの機体のことなんだけど、」

「なんだ、機体か」

おもわず零れた本音に、キラさんがムっとオレの顔を睨む。

「なんだって何。何だと思ってたの」

「いえ、なんでもないです」

浮かれていたからわからなかったが、よく考えてみればキラさんがオレのところにやってくるのは決まって何か事務的な用事がある時のみだ。普段は暇になったオレがキラさんのところに行って他愛もない雑談をし、アスランに邪魔されて帰ってくるのだ。キラさんはごほんと咳払いをひとつすると、途端にいつものまじめな顔になり、言う。

「もしキミがプラントに戻るなら、機体は先にイザーク達に持ってってもらったほうが良いかと思って。ルナちゃんの機体はもう積み込んであるんだけど」

「ルナはプラントに戻るんですね」

それは予想していたことだ。メイリンもルナも元々はプラント出身だし、両親だって向こうで待っているのだろう。議長が亡き今、彼女達の罪もあやふやになっている。イザーク隊長が頑張ってくださっているお陰で、どうやらオレ達はほとんど罪に問われないで済むらしい。それならば、ルナもメイリンも地元の、家族の元に帰るのが一番だろう。

「そっか、プラントに戻るのか…」

「うん。どうやら軍にも復帰できるみたいだし、…あと、イザークが、よければシンもまた復帰しないかって言っていたよ」

オレから視線をそらし、言い難そうにぽつりぽつりとキラさんは言う。

「復帰って、ザフトに」

「うん」

キラさんは、じっとオレの顔を見るが、オレはふうんと頷いただけで済ませた。

「キラさんたちはどうするんですか?」

「アスランとラクスはプラントに行くみたい。今は混乱してるから、ラクスの力が必要だからね。アスランも、なんだかんだ言って前議長の息子じゃない?だから、役に立つなら行くって感じで」

オレも、キラさんうんぬんは別として、それが一番じゃないかと思った。あの2人は裏で活躍するよりも、表舞台に立つ方があっているような気がする。戦争はほぼ無理矢理といって良いほど強引に終結し、地球はオーブが筆頭になってまとまりを見せ初めているが、プラントはずたずただ。信じていたラクスクラインが偽者だとわかり、混乱する中宣言されたデスティニープラン。そして、それが試行される間もなく議長はいなくなってしまった。軍の方はイザーク隊長を筆頭になんとかまとまってきてはいるが、この混乱しきったプラントを静めることが出来るのは、ラクスクラインしかいないのだろう。そして、おそらく政治には向かないであろう彼女を支えることが出来るのは、世界を必要とし、必要とされているアスランザラしかいない。

しかし、キラさんはどうするのだろうか。オレはこの艦にきて数日経つ。俺は最初、ラクスクラインはアスランの婚約者だと思っていたのだが、どうやらそれが違うということがわかった。けれどメイリンに、キラさんとラクスさんが付き合っているのかと聞いても、メイリンは首を傾げ、よくわからないと答える。初めて見たときはオレもキラさんとラクスさんは付き合っているものだとばかり思っていたのだが、数日間よく見て考え、ラクスさん本人に尋ねてみたら、「キラは大切な同志ですわ」と答えてくれた。それが本当かどうかはわからないが、しかし付き合っているというよりはまだ頷ける。

「キラさんは?ラクスさんと一緒に行かないんですか?」

同志というからには、てっきりキラさんもラクスさんについて行くものだとばかり思っていたのだが、アスランとラクス、と言うだけで、キラさん本人の名前は出てこなかった。

「僕はもう宇宙にあがる気はないよ。それに、僕の家はオーブだから」

キラさんは穏やかにそう答えた。オレの家族はもういないからすっかり忘れていたが、よく考えたらキラさんにだって家族はいるのだ。ラクスさんやアスランの父親は前の戦争で亡くなったと聞いているが、キラさんの両親の話は一度も出たことがない。アスランからキラさんの両親の話を聞いたことがあるから、きっとまだオーブで健在なのだろう。

「そうですか。…他の皆は?」

「あとは粗方オーブに戻るみたいだね。一応僕ら、オーブの戦艦ってことになってるし」

キラさんは一枚の紙を見ながらそう言った。ちらりとそれを覗いてみると、誰がどこに向かうのかというようなことがずらっと並べられていて、AAにいるメンバーの殆どがオーブということになっていた。上から順にリストを眺め、ふと無記入の人物を見つけ誰だろうと思い見てみると、それは自分の欄だった。オレだけがまだ、どうするのかを決めていない。

「オレは…どうすればいいんでしょう」

「そんなの知らないよ。自分で考えなきゃ」

キラさんは言う。冷たい、と思ったが、だがその通りだ。けれど、考えても考えてもどうすれば良いのかがわからない。皆は家族がいたりするべきことがあるから目的地が決まっているけれど、プラントにもオーブにも行く理由がなく、これからすることもしたいことすらもないオレには、目的地など存在しないのだ。オレが悩んでいると、キラさんが優しく声をかけてくれる。

「キミの行きたいところに行けばいいんだよ。イザークだって、キミにザフトに戻って欲しいって言ってたし」

「キラさんは?キラさんはどうすればいいと思いますか?」

「だから自分で」

「参考ですよ、参考」

そう言うと、キラさんは顎に手をあてて、うーん、と唸りながら俯いた。暫くあれこれ悩んでいるようだったが、ゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐに言う。

「僕は、プラントに戻ったほうが良いと思うよ」

キラさんの答えは、オレの予想通りのものだった。

「どうしてですか?」

「理由はないけど、」

でも、そのほうがいいよ、とキラさんは言う。オレはキラさんの言うことは基本的に何でも聞く方針だから、答えはもうすぐに決まった。

「じゃあオレ、オーブに戻ることにします」

「え!?なんで」

ばん、と机を叩いて、驚いたようにキラさんは声を荒げた。キラさんも、基本的にオレがキラさんの言うことをなんでも聞くということを知っている。だから大人しくプラントに帰ると思っていたのだろう。けれどオレは、キラさんが知っているように、キラさんの言うことを聞く人間なのだ。

「理由なんてないですよ」

先ほどのキラさんの理由を真似て言うと、キラさんは頬を膨らませて言った。

「なにそれ、最初から決まってたならなんで僕に聞いたの」

「だから、参考だって言ったじゃないですか」

「もう…」

膨れっ面のまま、キラさんは程よく冷めたココアを飲む。ことんと机にカップを置くと、まだ怒りが収まりきらないらしく、未だにオレの顔を睨んでいる。

「でもキラさん、ちょっと嬉しいでしょ」

オレがにやにやしながらそう言うと、キラさんはぎょっとした顔になり、それからまたつまらなさそうな、でもちょっと笑いながら、口を尖らせた。

「何調子乗ってんの」

「だってキラさん、オレにオーブに来てほしかったでしょ?」

だからオレは、オーブに行く道を選んだのだ。だってオレはキラさんの言うことを聞くことしか、もうすることがないのだから。キラさんは、暖かいココアの所為か、もしくは違う要因か、頬を少し赤らめながら答える。

「そんなことないよ。それに僕、プラントに行けばって言ったのに」

「いいんです、キラさんのことは、オレが一番よくわかってますから」

「何くだらないこと言ってんの」

オレの言葉が、先ほどのアスランとの口論を意味することを、キラさんは知らない。もちろんこれはオレが勝手に言ってるだけで、本当かどうかはわからないけれど、でも、今はもう、キラさんが否定しなかっただけでとても嬉しかった。

まったく、と怒った口調で、でも笑いながらキラさんは言う。

「マードックさんにキミの機体をAAに乗せるよう言っとくから、シンは荷物まとめておいてね」

「ほら、やっぱり喜んでる」

「よ、喜んでなんて」

オレがにやにやと笑って言うと、キラさんはまるで逃げるかのように机の上に散らばっていた書類をかき集め始めた。全て積み上げ持ち上げて、その上に良くわからない機材を乗せると、キラさんは踵を返す。

「じゃあね」

「心配しなくてもオレ、当分キラさんから離れるつもりないので、そのつもりで」

オレがそう言うと、振り返らないと思っていたキラさんが、少し怒ったような顔をしながら振り向いた。

「当分って、結局は離れるんじゃないか」

もう否定することはやめたらしい。そういう質問を返してくるということは、キラさんはオレが離れていくのが嫌なのだろうか。キラさんはいつも言葉で表してくれないので、そんな些細なことでオレはいつも舞い上がってしまう。だから今も、少し調子にのってとんでもないことを言ってしまっているような気がするのだが、キラさんが嫌がる素振りを見せないから、それでもいいやと思ってしまうのだ。

「大丈夫、その時には多分キラさんがオレから離れられなくなってる予定です」

「ばっかじゃないの」

呆れた声でキラさんは言う。が、その表情はとても楽しそうで、オレはまあいいか、と思った。


休憩所を出て行くキラさんを見送ってから、テーブルに残っているココアに視線を移した。捨てるのはもったいないけど、飲むのもどうなんだろう。本当は飲みたいけど、もしそんなところを誰かに見られでもしたら、オレは一気に変態扱いされてしまいそうだ。どうしようか、と迷いながらも、オレの手は迷うことなく紙コップに伸びた。ほんの少し暖かい紙コップを掴み持ち上げたその時。

「そうそう、」

休憩所の入り口からひょこりとキラさんが顔を覗かせ、オレは急いで紙コップから手を離した。

「なんですか」

キラさんはにやにやしている。多分、というか確実に見られてしまったのだろう。けど、仕方が無いじゃないか、オレはまだ16歳なんだから。

ふふふ、とキラさんは笑っている。オレが気まずさで視線を逸らすと

「キミがオーブに戻ること、アスランには教えないでおいてあげるよ」

じゃあね、といってキラさんは今度こそ本当に立ち去っていった。オレは暫く呆然とキラさんがいた場所を眺めてから、「そうしてもらえるとありがたいです」と呟いた。


アスラン本人と直にキラさんについての会話をしたのは、今日が初めてだった。ということは、キラさんは先刻のアスランさんとの会話を聞いていたのだろうか。何が「何も知らない子供じゃない」だ。とんだ策士じゃないか。

はあ、と大きなため息を吐くと、誰もいない休憩室にそれはとても大きく響いて、むなしさが増した。が、オレの気分は未だ高まっているままで、荷物をまとめ早くAAに向かおうと、急ぎ足で休憩室を出た。


もちろんキラさんがアスランに黙っていたなんてことはなく、むしろ即効で告げ口しに行ったのだろう。休憩室を出てすぐにオレはアスランとラクスさんに出会い、言うまでもなくアスランにじろりと睨まれ、ラクスさんは楽しそうに笑っていた。









自分で書いといてナンだが、アスランがとても不憫だ。