「あんた、キラの幼馴染なんだろ!親友なんだろ!それなら気づけよ!ちゃんと考えろよ!」
叫んで、そのまま部屋を出た。扉をバタンと閉じると、廊下に立っていたキラがとても驚いた顔をしてこちらを見ていた。もしかして聞こえただろうか。けれど、今はそんなことどうだっていい。どうしてあいつは何も分からないんだろう。何もわからずに、今までずっとキラと一緒にいたのだろうか。キラは、あいつに推理の話をされるたび、凄く泣きそうな顔になっていたのに。
「シン、」
部屋に入ろうとしたところで、腕をつかまれ呼び止められる。この声はキラだ。幼馴染のところに行ったのだと思ったけれど、どうやら違ったらしい。立ち止まるが、振り返らない。こんな酷い顔をした自分をキラに見せられるわけがない。
「シン」
キラが呼ぶ。
「なんだよ」
「ごめんね。…でも、ありがとう」
何故キラが謝るんだ。謝るのはオレだ。オレとキラは今日知り合ったばかりの、まだ友達でもなんでもない関係で、キラとあいつはもう何十年も一緒にいる幼馴染で親友なんだ。そんな2人の関係を、知ったような口で怒鳴りつけたオレが悪いのに。
「僕はね、シン。僕に出来ることがあるならやりたいと思う。この事件だって、僕が解決できるものなら僕は解決したいと思うんだ」
嘘だ、と思った。そんな今にも泣きそうな声で言われても説得力なんてかけらもないのに。それでも多分、キラならきっと解決できるのだろう。それをわかっているから、あの幼馴染もあの刑事も、キラに頼もうとするのだ。そしてキラも、きっと自分がこの事件を解決できることもわかっている。だからキラは悩んでいるのだ。だってこの事件は。
「…そうか」
「シン、僕は、キミと知り合えて嬉しいよ。キミと友達になれて、本当に嬉しいんだ。だから、」
「アンタならきっと、事件を解決できるよ。じゃないとあの刑事や、あんたの親友も殺されるかもしれない」
「シン、」
キラはオレの手を離した。それでいいんだ。部屋に入り、扉を閉める。その時見えたキラは今までで一番、泣きそうな顔をしていた。
その日の夜。寝付けなかったオレは、いつまでも部屋の電気をつけてぼおっとしていた。すると、コンコンと扉がノックされる。こんな時間に誰が、そう思いながらも扉を開くと、そこにいたのはキラだった。キラはあの幼馴染と同じ部屋だから、怖くて来たというわけではないのだろう。
「…なにやってんだよ、こんな時間に」
また何かあったら、とは言わなかった。キラも同様に、その話には触れない。
「ちょっと、シンと話がしたいと思って」
そう言ってキラは俯いた。暫く悩んだがオレも眠れなかったし断る理由もなかったので「入れよ」と言うと、キラはとても驚いた顔をした。
「幼馴染には言ってきたのか?」
キラは首を振る。
「アスランはどんなときでもぐっすり眠る人だから」
「ふうん」
室内に沈黙が訪れる。オレからキラに言うことはもう無い。するとキラは、ゆっくりと口を開いた。
「シンは今、生きてて楽しいと思う?幸せだと思う?」
オレの目を見てキラは言う。そんなもの、答えるまでもない。
「幸せだよ」
「嘘だ」
キラは即答した。嘘じゃない。だってオレは、ようやくあの男を殺したのだ。今までずっとオレを苦しめてきたあの男が、ようやく死んだのだ。幸せに、決まってるじゃないか。
沈黙がまた訪れる。ちらりとキラの様子を窺うが、キラは俯いていて表情は見えない。
「オレはさ、」
オレが口を開くと、キラはゆっくりと顔を上げた。
「ずっと昔に両親も妹も死んで、ずっとあいつの家で育てられたんだ」
オレがそう言うと、キラはとても驚いたような顔をした。当然だ。この宿に来てからというもの、オレもあいつも全くの他人の振りをしてきたのだから。オレもあいつも互いのことが大嫌いだったから、キラも気づけなかったのだろう。
「あいつが死んで、オレはようやく本当に一人になれた。だからオレは、幸せなんだ」
「でも一人は淋しいよ」
キラは言う。一人は淋しい、オレだってそう思っていた。けれど、またあんな思いをするくらいなら、一人でいる方がずっとマシだ。キラはまた泣きそうな顔をしている。ここのところずっと泣きそうなキラばかり見ている気がする。
ふと時計を見ると、もう4時を回っていた。
「ほら、早く寝ろ」
「僕、今日はこの部屋で寝る」
そう言ってキラは勝手にオレの布団に潜り込んだ。ここのベッドは広いから1人くらい増えたところでどうってことないのだけれど。
「はあ?何言ってんだよ、おい、」
潜り込んだキラの布団を剥ごうとするが、キラは布団を放さない。しばらくじたばたともがいていたが、そのうち面倒臭くなってオレは布団を剥ぐ手を離す。オレが諦めたことを知ったキラは満足そうに微笑むと、本当にオレの布団の中で眠りやがった。
「おい、キラ?」
名前を呼ぶが、キラは目を開かない。本当に眠ってしまったらしい。布団に入って3秒で寝られるなんて凄い奴だと思う。
「…ごめんな」
眠っているキラに謝ったところで、聞こえるわけがないのだが。オレはそっと、眠るキラの前髪を撫でた。
「犯人は、いません。何故なら彼は、自殺だったのだから」
僕がそう言うと、シンは驚いた顔で僕の方を見ていた。彼は自殺だったのだ。だから、犯人などいない。この事件のトリックの欠陥は、それがあまりにも完璧すぎたことだ。自殺でも他殺でも、推理の仕方によってはどうとでも取れてしまう。そして僕の嘘は多分、シン意外には気づかれていないのだろう。
「キラ!」
シンが叫ぶ。そして、僕の腕を引いてシンの部屋まで引っ張られた。ばたん、と扉を閉じると、シンは僕に言う。
「何でだよ!あんた、この事件を解くって言っただろ!」
「解いたじゃないか!彼は自殺だった」
「キラ!」
ばん、とシンは壁を殴った。ずるずると床に座り込む。きっともう覚悟は決めていたのだろう。けれどわがままな僕は、もう彼を一人にすることは出来ないのだ。だって彼はもう、一人が淋しいことを知っているから。
「シンの家族は、どうして亡くなったの?」
僕が尋ねると、シンは静かに答えた。
「ブルーコスモスだよ。オーブにいたコーディネーターの殆どがやられた。オレはそのとき学校の旅行で出かけてたから助かったんだ」
やはりそうか。ガタンと音がなり、扉が開く。アスランだった。床にうずくまるシンとその隣に立つ僕を驚いた顔で交互に見比べている。
「どうしたの?アスラン」
僕が尋ねると、シンも顔を上げた。
「ようやく警察が来た。車も直ったから帰れるぞ」
「そっか」
そう言うと、アスランは部屋から出て行った。気を使ってくれたのだろうか。アスランは、この事件の真相を知らない。けれどもしかしたら、シンとあの人の関係には気づいていたのかもしれない。
「シン、行こう」
シンがどうやってここに来たのかは知らないが、駐車場にあったのは殺された男の車とアスランの車だけだった。だからシンはきっと、あの男の車で来たのだろう。彼が死んでしまった今、シンに交通手段はない。
動かないシンの腕を引っ張る。「シン」、名前を呼ぶが、シンは答えてくれない。両腕を引っ張り、シンをベッドの上に座らせた。部屋を見回すともう荷物はまとめられている。きっと僕が眠ったあの後に仕度を整えたのだろう。僕の荷物はきっとアスランが片付けてくれいてるだろうから大丈夫だ。
「シン、僕と一緒に暮そう」
僕がそう言うと、シンは驚いたように顔を上げた。
「な、何言ってんだよ」
「一緒に暮そうよ、シン。僕のうちに来るといいよ」
「行けるわけないだろ」
「大丈夫だよ。僕はね、オーブにある孤児院で暮してるんだ。高校が変わっちゃうかもしれないけど、でも、あそこならみんな一緒だし、楽しいよ。だから一緒に暮そう」
「…孤児院?」
シンは首を傾げる。そういえば、シンには話していなかったかもしれない。
「僕も随分昔に家族を亡くしてるから」
そう言うと、シンはとても哀しそうな顔をした。やはりシンは優しい子だ。俯きながら、言う。
「でもオレ、金なんて無い。あいつの借金返さなきゃいけないから、」
「大丈夫、お金なんて必要ないよ」
お金は、僕の父の口座から引き落とせばいい。彼の口座には多額のお金があって、だけど手をつけたくなかったからずっと残してあるままだ。このお金はきっと、シンに使うのが一番だろう。
帰りの車の中で、シンはすぐに眠ってしまった。色々と考えすぎて疲れてしまったのだろう。隣で眠るシンを見ながら僕は考える。彼の家族を殺したのはきっと僕だ。だから僕にはシンを断罪することなど出来ない。あの事件で、オーブに住んでいた沢山のコーディネーターは殺された。犯行はブルーコスモスによるものだったが、彼等が探していたのは僕だから、シンの家族は僕の所為で死んだようなものなのだ。シンが殺すべきなのはあの男じゃない、僕だ。
「キラ、ついたぞ」
アスランに言われ顔を上げる。いつの間にか孤児院に到着していた。シンは未だ隣で眠っている。
「ごめんね」
眠っているシンに謝ったところで、聞こえるわけがないのだけれど。僕はそっと、眠るシンの前髪を撫でた。
あれから3週間、シンは元気に、とまではいかないけれど、それなりにここでの生活に慣れてきたようだ。
「シン、ご飯だよ?」
ノックをして部屋の扉を開くと、シンはベッドに寝転がってピンク色の携帯電話を眺めていた。随分前に、それは亡くなった妹の形見だと聞いたことがある。
「…今行く」
ぱたん、とそれを閉じて、机の上に乗せた。写真立てに飾ってあるのは家族4人で写った写真と、そしてあの事件で死んだ男の写真。
「キラ?」
扉の前で立ち止まる僕に、シンは首をかしげた。
「どうかしたのか?」
シンは優しい。あんなに憎んで憎んで、ついには殺してしまったあの男も、家族として認めているのだろうか。それとも、自分の罪を忘れないように飾ってあるだけなのか。
「なんでもないよ」
にこりと微笑み扉を閉めた。シンは首を傾げていたが、僕が何も言わないことがわかると踵を返して食堂に向かう。初めのうちは殆ど部屋から出て来ず、食事も自室で取っていたのだが、最近僕が無理矢理食堂に誘うようになってからは、ちゃんと食堂でみんなとご飯を食べてくれるようになった。夏休みが終わり、明日から学校が始まる。シンは僕の2コ下だけど、僕は2つ留年しているので同じ学年だ。シンは朝寝坊が酷いから、ちゃんと起こしてあげなければ。
「シン」
僕が名前を呼ぶと、シンは立ち止まり振り返った。
「なんだよ」
「シンはもう、どこにも行かないでね」
シンは首を傾げると「当たり前だろ」と言ってまた歩き出した。シンは優しい。僕はまだ、シンに本当のことを言っていない。シンの家族が死んだ理由を話したら、彼は僕を殺すのだろうか。優しいシンは多分、そんな僕でも赦してくれるのだろう。シンは優しい。だから僕は、精一杯シンに応えたいと思う。この思いは責任感なんかじゃあ、ない。